ランの植付けから3か月間の取扱い(順化処理)とフラスコ苗の植付け方法を解説します。
順化とは? 順化とはそれまでの環境で育ったランを別の環境に移し、新らたな環境に順応するまでの栽培を言います。これは園芸店から自宅へ、海外からEMS等の輸送を通して購入する場合など、新たに入手したラン全てが対象で、必ず行わなければならない作業です。なぜ購入したランをそのまま植え付け、これまで栽培していたランと同じ場所に置き、かん水、温度、湿度など同じようにして栽培できないのか、なぜ順化という特別な処理を一定期間しなければならないのかは、”新しい環境に慣れるまで”という生き物全てに共通する事柄でもあります。順化期間や注意すべき栽培技術のレベルは様々ですが、このページでは順化がなぜ必要なのか、またその処理について解説をします。 |
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入荷時の状態と順化の目安 海外のラン農園では出荷にあたり、それまで栽培していた鉢や支持体(ヘゴ板や樹幹など)から株を取り外します。この際、多くの根が切られ、さらに褐変あるいは腐敗した根や萎びた根が整理されます。このような処理は、各国の入管における植物検疫の厳しいチェックに対応するために行われるものです。特にマレーシアでよく見られる自然状態で栽培されてきた株は、支持木への活着力が強く、これを剥がすためには多くの根を切らねばならず、傷のない根は1-2本で大半は切断された根がほとんどか、根が無いような状態となります。葉も病痕や虫食い跡は全てカットされ梱包されます。例外はプラスチックポットに植えられた、苗から人工的に育てられたきた実生株だけです。葉と根は光合成による栄養素の生成と貯蔵、水分の供給など相互のバランスで成り立っています。多くの根が失われればこのバランスが崩れてしまいます。国内では、海外から入荷したこうした状態の株を、順化処理をしないまま右から左に販売するラン園が見られます。オークションショップではほとんどです。このような株を入手した場合、例え定石通りの植え込みをしたとしても、やがて葉が落ち始め、何とか落葉が止まってもその後、花が咲かない、買った時に比べ株が徐々に小さくなっていくなど、作落ちの現象が現れてきます。これは栽培者が必ずしも栽培方法を間違えている訳ではなく、その多くの原因は根が十分でない株を入手したことに起因しています。 順化作業のレベルの程度は根の状態で決まります。すなわち栽培の視点からは、品質の高い株とは、ピンと伸びた茎や多くの青々とした葉をもつこと以上に、良く伸びた多くの生きた根のある株を言います。ランを入手する場合、葉やバルブ数の多い少ないは、株の成長を左右する要因では必ずしもありません。多くのランは、わずか1本のバルブであっても、それが健全であり、栽培する環境が適切であれば成長を続けます。 葉やバルブとは異なり、根の状態はその後の栽培に決定的影響を与えます。白い根であって、水をかけると緑色になる生きた根が株サイズに対して十分あるものは、植え込み直後からそれまで栽培している鉢と同居させ翌日から同じような水やりをしても、順化に失敗することはありません。しかし新根がなく、2-3本しか生きた根のない株や、多くの根があってもほとんどが途中で切断されている株で、このような扱いをすれば、半数以上あるいはほとんどの株はやがて失うことになるでしょう。根は株を維持し、大きく育てるための最も基本的な役割を担っています。 購入では、まず何処よりも根を調べること、つまんで固く、新鮮で光沢のある先端をもつ根があることが、特に順化処理の余り経験のない人にとって購入の必須条件であり、葉や茎がたとえ元気そうであっても根が良くなければ十中八九、栽培は失敗します。 根の少ない株の順化栽培には大小にかかわらず温室が必要です。温室を持たない趣味家の方には特に海外からのランの直接購入は勧められません。一方、国内のラン園や園芸店からランを購入する場合、最初の質問は価格よりも先に、そのラン園での栽培期間を問うべきです。入荷元のラン園での栽培期間ではなく、販売する当事者の栽培期間です。もしそれが入荷したばかりとか、3か月以内であれば購入を控え、しかしどうしても入手したいランであれば、鉢から外して根を見せてもらい確認するか、予約して新芽あるいは新根がでてから受け取りに行くべきです。これを嫌がるようなラン園であれば、そのラン園からの購入は控えるべきです。 | ||
順化手順と栽培 順化栽培の手順を下記に記載します。国内において、購入するラン園がそれまで育てた株、あるいは3ヶ月以上の順化が終了した株は下記の処理は不要となり、通常の植え替え時に行うと同等の処理となります。それでも鉢から一旦株を取り出し根を確認し、黒ずんだ根があったり、根が少ない場合は下記の処理が有効です。海外ラン園からの購入は直輸入だけではなく、国際展示会等での購入を含め下記の処理が必要となります。
3か月たっても株に動きがない場合は、上記の何らかの条件が整っていないと思われます。また順化中には、古い葉の一部が根の状況に対応して褐変し落葉します。これは病気ではなく、根と葉の水分の供給バランスのためです。健全な根が少なければ少ないほど落葉する数が増えます。特に注意することはかん水量で、植え込み材を水浸し状態にしないこと。根腐れが起こります。特にデンドロビウムの順化中の過かん水は危険で、やがて葉が次々と落ち、茎が黒ずんで腐っていきます。その一方で、植え込み材を完全に乾燥させることも弱った根にとっては打撃で、しっとり感が常に必要です。空気中の高湿度も極めて重要です。こうしたしっとり感と言ったアナログ的な表現や空気中の高湿度化は初心者には難しく、栽培環境(温度、湿度、通風)、かん水頻度、植え込み材および鉢の性質を熟知していることが求められます。またそうした環境を得るにはビニールカーバー付きメタルラック型の小型温室等から大形温室に至るいずれかの温室は必須となります。こうした高度な手間を避けるには、初心者あるいは経験があまりない趣味家であればあるほど、傷の少ないまた多くの新鮮な根がある株を選ぶ必要があります。 | ||
順化中のラン映像 かっこ内の数値は植え付けから撮影日までの順化期間を、また温度、湿度、輝度は順化環境を示します。新しい芽や根の発生および伸長が1.5ヶ月から2ヶ月で確認できます。もし50日らか60日でこれらの変化が無ければ、植え込み材の不適当な使用、あるいは温度・湿度・輝度の管理が十分ではないと考えられます。植え込み材あるいは鉢に問題がある場合は、株の状態の如何に拘わらず直ちに適切な材料に変更しなければ再生の可能性は失われます。
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開花株 ラン園で株を購入する際、まず開花している株を求めるのが普通です。花の確認が出来ますし、花が咲いていることはそれまでの栽培が順調であったことを物語っているからです。一方、開花は時として逆境の中にあっても始まることがあります。海外からベアールートで入手した株をそのまま2-3日温室に置いていただけで、植え込み前にもかかわらず花を咲かせることがあります。それまで蓄えていたすべてのエネルギーを開花に費やすかのようです。こうした株を植え付け、花が散るまで観賞することはかなり危険であり多くは作落ちが生じます。すなわち株が開花後一気に弱まり、デンドロビウムやバルボフィラム等では茎はほとんどが葉を落とし、茎だけの状態となったり、胡蝶蘭では葉がしな垂れて元に戻らないことがあります。その状態から新芽が現れれば良いのですが、そのまま枯れることも稀ではありません。購入した時あるいは直後の開花株に生じる作落ちを避けるには、その種にとって最適な栽培環境であれば、神経質になる必要はありませんが、特に花が1-2輪ではなく、多輪花の場合は、2-3日観賞し写真に収めた後、花を早期に摘むことが必要となります。 | ||
フラスコ苗の植え付け フラスコ苗筆者が最初にフラスコ苗に出会ったのは15年以上前のことです。当時フラスコは国際ラン展以外で入手することは難しく、東京ドームラン展が主な入手先であったように思います。その大半はパフィオペディラムやカトレアで、多くは一つのフラスコに20株程が植え付けられていました。現在は5苗ほどのフラスコも販売されるようになり、特に希少種を安価に入手する手段として欠かせません。 筆者の最初のフラスコ苗栽培は2001年の東京ドームラン展でアメリカのOrchidInnから購入したPaph. sanderianumでした。、暖かくなりかけた6月頃に20株程の苗をフラスコから出し、これをコミュニティーポット植えで素焼き鉢にミズゴケで植え付けました。Paph. sanderianumは高温多湿環境であるとのことで、部屋の暖かいところに置き、加湿器も用意しました。しかし、2週間で次々と葉はしな垂れ、やがて変色し溶けるように枯れていきました。さらに翌年、再び、Paph. sanderianumやPaph. rothchildianumのフラスコを求め、今度は1株毎に分けて植え付けしたり、コミュニティーポット両方法で挑戦したものの、ほとんどが同じように枯れ、5株程が何とか残ったものの、その後の成長が今一つで結局失敗に終わりました。今振り返れば、初心者がフラスコ出しの最も難しいPaph. sanderianumによくも無謀に取り組んだものと思います。 フラスコ苗で7割以上の歩留まりとなったのはそれから4-5年後で、その成功の原因は、植え付け前の薬浴と、すでに生産中止となったオーキッドベースという、ビール原料の大麦殻皮を炭化したモルトセラミックスを植え込み材にしてプラスチックポットに植え付けたことです。この植え込み材によりPaph. micranthumを始め多くのパフィオペディラムのフラスコ苗を育てられるようになりました。 その後2005年頃から富山昌克氏の著書ラン科植物のクローン増殖を知り、この本を参考にクリーンベンチ、オートクレーブ、超音波洗浄器などを購入し無菌培養を手がけるようになりました。そのキッカケはやはり同じようにOrchidInnからBSサイズのPhal. appendiculata albaを当時25万円で購入したものの、それが2週間で枯れたことです。生き物には寿命があり希少種であれなかれ、増殖しない限りどのような注意を払ってもやがては失われるという思いからです。培地用に30種以上の無機塩類やビタミン・アミノ酸類等の組成試薬を買い、各種の培地を作成したり、ココナッツウオーターが良いとのことで、日本で手に入れるには、実に重くてコストパフォーマンスの悪い、緑色した未完熟のココナッツをネットで注文し、これをナタで割ったり、ドリルで穴を開け、液をとりだして利用(現在は100%天然ココナッツウオータが紙パック入りの健康食品としてネットから容易に入手可能)したりと、発芽率を高めるために相当の培地組成分のトライアンドエラーを繰り返し、3年程でどうにかPaph. sanderianumや胡蝶蘭原種などの実生化や花茎培養などが出来るようになりました。同時にフラスコ出しからの栽培法も分かってきました。そこで本ページで、これまでの経験で最も歩留まりの高いフラスコ出しから植え付けまでの実施例を取り上げて見ました。 フラスコ苗の取り出し フラスコは主に3-4種類の容器があり、代表的な形状は円錐形の三角フラスコですが現在は少なく、最近よく見かけるのはマヨネーズ瓶やタイのウイスキー瓶です。一方、シリコンフィルター付きのカルチャーボトルも利用されます。本サイトでは多くの培地が入れられることと、口外径が大きく苗の取り出しが容易であることから現在はほとんどカルチャーボトル(培養瓶)を利用しています。タイ産ウイスキーボトルタイプは、苗が大きくなると瓶の口が小さくて取り出せませんので、瓶を割って取り出します。下写真左は本サイトのカルチャーボトルです。写真右は、左のボトルから取り出した直後の本サイト自家交配のPhal. lueddemanniana solid redの苗で、根には黒い寒天状の培地が付着しています。
フラスコやボトルから苗を取り出すとき、注意しなければならないのは、培地内で根が互いに絡み合っていて、長いピンセットあるいは箸等での苗を取り出すのが難しい場合です。この場合、ピンセットで葉を引っ張って出そうとすることは厳禁です。必ず葉が切れます。株の根元を挟んで取り出すことが必要で、それでも固くて取り出しできない場合は容器を割るなり切り裂く以外ありません。取り出した苗はシャワーで根を中心に培地を洗い流します。 病害防除 無菌環境で育った苗をフラスコから出すことは、その後、細菌やカビが飛散する環境に置くことになります。培地を洗い落とした後、そのままミズゴケやバーク等に植え付けることは極めて危険で、3週間以内に葉先が褐変し、これが拡大してやがて株全体が枯れる確率が高くなります。このためフラスコから取り出し、培地を落とした後はすぐに細菌とカビの両方に有効な殺菌剤で病害防除を行います。 本サイトでは細菌とカビ病群に対してバリダシンとタチガレエースの規定希釈(1/1,000)の混合液に15-20分ほど浸します。農薬は特に薬害の恐れのない、細菌とカビ両方に有効な予防剤であれば他の薬品でも問題はありません。下写真はバリダシンとタチガレエース500ml容器で、右は15Lの薬液の入ったバケツにPhal. lueddemannianaを浸した状態です。 水切り 凡そ20分後にバケツから取り出した苗は薬液で濡れた状態ですが、これを乾かします。余り重ならないようにトレーに並べて自然状態に置けば、1-2時間ほどで水滴は無くなります。雨天の日など湿度が高い場合は数時間かかります。例えば1日とか1夜放置すると根が乾燥し過ぎ長すぎます。下写真は上段がPhal. lueddemanniana solid dark red、中段がPhal. speciosa solid red、下段は左がVanda sanderiana 2009年ミンダナオ島ダバオ祭でのpink色優勝株の自家交配苗と、右はPhal. gigantea albaです。それぞれの段の右写真は左の苗に用いた親株です。全て浜松にての自家交配によるものです。 植え付け 植え付けは植え込み材と鉢の選択をまず決めなくてはなりません。経験からは、胡蝶蘭原種はヘゴチップ(ヘゴファイバー)と半透明プラスチック鉢の組み合わせが最も歩留まりが良い結果が出ており、これに植え付けています。マレーシアではミズゴケとビニールポットがほとんどです。この組み合わせも過去行ったことがありますが、細菌性の病気の発生率が高く、7-8割の歩留まりとするにはヘゴチップが適しています。一方、Vandaは5㎝x30㎝の杉皮板にミズゴケを敷き、その上に根を置きアルミ線で留め吊り下げています。これは胡蝶蘭のaphyllae節と同じ取り付け法で、根の表面の半分はミズゴケ(支持材)に接触、半分は空気に晒すことになります。現地フィリピンではフラスコ出しVanda苗は木片に取り付け吊り下げています。下写真のVandaでアルミ線が苗に掛かっていますがこれは軽く押さえている仮留めで、かん水時の水の勢いで苗が動かないようにするためです。デンドロビウムは今年(2016年)からですが、pH調整済み炭に植え付ける予定です。 半透明プラスチック鉢を利用すると、ポットの内壁に沿って伸びている根は緑色をしています。これに対して光の届かないミズゴケの中の根は半透明の白色で、光が当たる、当たらない部分では根の機能が異なるのではないかと考えています。胡蝶蘭については、この光の無い状態(例えば素焼き鉢)で伸長した白い根と、根に光が当たり緑色の根があるそれぞれの株の成長を見ていると、遥かに後者が優れており、その違いは気根植物故の性質と思われます。下写真は植え付けの終わった状態で、左写真の左トレーがPhal. lueddemanniana solid dark red、右トレーがPhal. speciosa solid redで、右写真はPhal. gigantea albaです。植え付けの要領はヘゴチップをポット内に山のように積み重ね、そこに根を出来る限り広げて置き、その上からさらにヘゴチップで押さえ納めます。小さな苗やポットが小さい場合は根を広げることは困難ですので根が寄せあったりしますが問題はありません。本サイトではヘゴチップは使用する前に一度洗浄します。流れた水がしばらく茶色になるほど粉が混じっています。さらに洗浄後のチップをバケツに活性剤(例えばバイタリス)を規定希釈で加えた水にしばらく浸してから植え付けを行います。活性剤のみでNPKなどの肥料は与えません。またヘゴチップはサイズが様々ですが本サイトではNo.3の細かなサイズを使用しています。入手したチップが長い場合は刃物で細かく裁断します。
植え付け後 上記のように植え付けた苗は、植え付けから3週間、3ヶ月、6か月が栽培の節目となります。最初の3週間は細菌性、3ヶ月間はカビ系の病気に罹らないことです。最初の3週間が最も重要で、毎日観察し、葉先に水浸状に褐変する病気あるいは黒褐色の変化が現れる確率はかなり高く下記の対応が必要です。
問題なく半年が過ぎれば、それ以降、適切な施肥と病害虫防除を行っていれば枯れることはほとんどありません。本サイトでは植え付けから数日-1週間後には細菌とカビ病の防除のために規定希釈の予防剤を散布します。ダコニールやベルクートのカビ類とスターナやナレートの細菌類に対する薬剤をそれぞれ1種類づつ選んで混合します。2薬混合が面倒な場合はナレートだけでも良いと思います。その後は春から秋にかけて月に1回の散布を行います。この解説で気が付かれたと思いますが、多様な薬剤を本サイトでは使用しています。同じ効用の薬であっても2種類以上用意し、同一薬剤を2-3回使用した後には他に替えることが耐性菌の発生を抑えるため好ましいと思います。 フラスコから取り出したばかりの苗の栽培に通風は必須で、緩やかな風を当てることが、病気の防除に不可欠です。また苗の根は特に乾燥を嫌います。特に根の細い品種は注意が必要です。ヘゴチップとプラスチック鉢の組み合わせは気温が上昇する夏は乾きやすく、常にヘゴチップが濡れているようにかん水することが必要で、この目安は半透明プラスチック使用の場合、濡れていれば水滴がポット内面に付いているか、湿気で曇っているかなど目視できますから、こうした状態でなければ乾燥していることになります。乾燥状態が2-3日続くと根がダメージを受け、一気に株は弱っていきます。ヘゴチップの良いところは気相が大きく、幾ら水を与えてもミズゴケのようにぐしょ濡れにはならないことで、幾らかん水しても与え過ぎがありません。 肥料は植え付け2週間程経過したのち、苗に異常がなければ規定希釈の液肥を与えます。小さな苗に固形肥料は余り勧められません。本サイトでは活性剤との混合で2週間に一度程度です。1年程経過し隣接する株同士の葉が互いに重なり合うようになれば、サイズの大きなポットに植え替えとなります。ヘゴチップの場合、チップごと新しいポットに移動できます。ヘゴチップは高価なため、同一株への再利用が経済的です。 | ||||||||||||||||