ラン購入の留意点

 ランは様々な状態で販売されています。園芸店でのポットに入った株、ヘゴ板などに取り付けられ吊るされている株、展示会で海外からのラン園にみられるようなベアールート(根をむき出しのまま、あるいはミズゴケが僅かに根に巻かれた状態)株などです。こうした様態の株を購入し栽培を始めるとき、その後の株の成長の良し悪しを決めるのは購入時の状態と順化処理です。しかし順化栽培は基本的に健康と思われる株を選んだ後の処理であって、健康な株をどう見分けるかがその前提にあります。このページでは株を選ぶ場合の最も基本的な要点を取り上げ解説します。


株の状態
 購入する株は視覚的に元気そうであることは当然ですが、状態の良い株と言った曖昧な程度を理解することは結構難しいのです。季節林帯に生息する半落葉性の胡蝶蘭や、落葉期あるいは開花が終わったデンドロビウムの多くの節の中には葉がほとんど無い期間があります。それが果たして成長サイクルの中での必然的な落葉状態にあるのか、病的状態なのかは葉だけで判断することはできません。

健康状態を示す普遍的な条件(葉と根の関係)
 根と葉の関係は順化のページで取り上げました。購入した時は青々とした株であるにもかかわらず1-2ヶ月で元気がなくなり数か月で枯れ始めたことは誰もが一度は経験していると思います。こうして弱ったあるいは枯れた株をポットから取り出して根を見ると分かりますが、例外なく根が黒ずんで腐敗あるいは生きた根の無い状態にあります。購入の際、元気そうな株であっても生きた根が無いことがあり得るのかとの疑問を持つかもしれません。健全な根が無い状態であっても葉や茎が元気である条件は一つ、気根植物であり湿度が高ければ数週間はそれまで根をむき出しのまま放置されていても葉に大きなダメージが現れないことがしばしばです。株がそうした過酷な状況に置かれるのは出荷に際し、それまで活着していた支持体から切断して剥がされた後、梱包されるまでの間にラン園内で起こります。特にこうした状況は自然林栽培、ヘゴ板、コルク、炭等の植え込み材栽培の株に見られます。こうした株は入手してからの順化処理が2ヶ月程必要となります。

 一方、落葉期を持つ種や花が終わった後では、ほとんど葉が無く茎ばかりの状態の株をラン園でよく見かけます。販売店で冬季は落葉期なので葉が少なくても問題はないとデンドロビウムや胡蝶蘭原種を購入する場合に説明を受けるかも知れません。そうした葉が無い状態の株を敢えて買う人は稀と思いますが、このような株を入手しても良い場合と悪い場合があります。葉が無くても生きた根が豊富にあれば問題はありません。まさしくそれは落葉期だからです。しかし葉がほとんどなく、且つ生きた根もほとんど無いか数本しかない場合はそれを持ち帰って栽培しても、余程の栽培経験者でない限り失敗することになります。それを避けるため、ではポットに植え付けられている場合、根を販売者が見せてくれるかどうかですが、葉の少ない株は必ず根を見なくてはいけません。

 基本的にほとんどのランは全てのバルブや茎から葉が落ちると、ほぼ同時に新芽(あるいは新茎)を発生します。3本程の茎が全て落葉しており、そのいずれかの茎元に新芽が無い場合、こうした株は買うべきではありません。十中八九枯れます。古い茎には葉が無くても新芽が根元から発生成長している株は、その新しい茎の根元からは必ず僅かであっても白い根が出ているもので、このような株は購入しても問題はありません。但しデンドロビウムにおいての新芽とは高芽ではなく、茎(疑似バルブ)元から出ている芽を言います。高芽はしばしば根に問題がある場合に発生するもので、ごく一部の品種を除いて、高芽の多い株は必ずしも健康な株とは言えません。購入は避けるべきです。一方胡蝶蘭原種では高芽の発生は元気なサインでもあるため同じ高芽でも属によって見方は異なります。

ラン展等における海外出店の株
 海外のラン園が販売する株は、それまでの栽培環境から出品のための準備のため、ベアールート状態に1週間近く置かれたり、あるいは海外搬送に適した簡易的な仮植えの状態で販売されます。こうした株は入手してから、栽培者の環境に慣らすために植え替えを含め順化栽培期間が必要で、大小に関わらす温室相当の環境が必要です。すなわち温度、湿度、輝度、通風がコントロールできる栽培環境が求められます。また順化技術は栽培経験が必要で、初心者にとって特に初めての品種や栽培適温の狭い(難易度の高い)種は避けるべきです。海外ラン園からの購入には3-4年栽培の経験を経た趣味家でないと歩留まり率はかなり悪くなると思います。やはり前記同様に根が大切で、根に水をかけたとき緑色に変化する根が多ければ問題はないのですが、色の変化が無いか薄茶色の半透明となるような根ではベテランでも順化率は低くなります。

実生と野生栽培株
 株は、(1)人工的に増殖された実生、(2)自然林から直接採取した株、(3)野生株を一定期間栽培したり野生株からの分け株があります。ネットカタログにオリジナル株とか野生栽培株と言った表現は後者(3)を意味します。ほとんどのラン生息国では人の手に触れず自然に生息している株を採取し販売することを禁止しています。海外ラン園ではJungle plantとWild plantと2つの表現がしばしば使用され、前者は山採り株を指します。後者は広義な意味で野生株を元親とする栽培株を含みます。山採り株と謳ったカタログ品種は無いと思いますが、あれば違法輸入品でありネットオークションを含め購入すべきではありません。

 一方で、生息国では先祖代々から自然に生息する野菜、果物、花等を採取し、その販売で生計を立てている原住民がいます。祭日にフリーマーケットや路肩で花等を販売している光景を良く見ますが、こうした人たちには山採りの既得権のようなものが認められているそうです。しかし生息国の国民であっても既得権の無い一般人は採取が禁止されていると聞きます。このように現地マーケットに流通しているのは、特定の原住民の地元販売や数量制限枠内での州外への持ち出し株に限られます。海外バイヤーがそうした株を入手するためには政府が認可している海外出荷実績のあるラン園が得るドキュメント無くしては不可能(あるいは非合法)です。

 一つの問題は株が山採りか栽培株なのか見分けがつかないことです。その原因は現地の栽培方法にあります。多くが所有する自然林や庭の木に原種を活着させ保存したり育成しているからです。特に原種を扱うマレーシアラン園では半数近くがこのような栽培法です。このため葉の傷やコケなど株の状態は山採りなのか栽培株なのか一概に区別は出来ません。購入する側からの判断は、海外出荷実績のあるラン園からの入手であること、所定のドキュメント(CITES、植物検疫、DENRなど)が揃っていることが唯一の判断となります。日本国内に於いて野生栽培株を購入する場合、どうみても山採りとしか思えない、果たして購入して大丈夫かと思われた趣味家は、そうしたドキュメントのコピーを入手先に要求することも一考かもしれません。現在日本国内でのメジャーなラン展では山採り株の出品は認められていません。

ミスラベル
 その原種名で購入したものの、花が咲き見たところ違っていたというミスラベルは多くの趣味家が経験しています。販売する側からするとそうしたミスラベルは主に2つの背景があります。一つは海外からの入荷時点でのラベルが管理上間違っていたこと、二つ目は種の実態がハイブリッドでラベル名は一方の親株であるものの、異なる親との交配種であったことです。前者は数十株に一つのケアレスミスか、サプライヤーが故意に違った種を混ぜたかです。これはspや新種にしばしば起こります。故意に違ったものを混ぜることなど詐欺行為であって考えられないと思われる趣味家の方も多いと思いますが、それは日本というビジネス倫理を重視する国だからこそ思えることです。残念なことに、こうした傾向は特にインドネシアサプライヤーに多く、個人がそれなりの株数を保有しFacebook等を用いてネット広告をし、これを海外出荷元のラン園が購入する場合で頻繁に起きています。

 なぜラン園がこうした信頼性の無い人から購入するのかですが、新種や市場にほとんどない希少種を趣味家が求めようとすればするほど、それを提供できるコレクターへのアプローチは複雑になります。それぞれのコレクターであっても得意とする領域があります。これを一つのラン園が国を跨いて人的ネットワークをそれぞれ作り上げ対応するには限界があり、こうした地域的に分散した、また取り扱う品種の得意性のあるコレクターを尋ね歩き、買い集めるディーラーのような便利屋の存在がラン園とは別に、それぞれの生息国に必要になります。一方で、こうしたディーラは栽培農園を持たず栽培やランについての専門的な知識はありません。一時的に彼らのストックヤードにランを集めて保管し、これを適当な時点で依頼主であるラン園に搬送するだけです。この際、ずさんな管理や似た株同士での名前のすり替えが行われるのです。名前が分からなければspとすればよいと思いがちですが、注文にある名前を敢えて割り振るのです。

 一方、実生株にも大きな問題があります。ここ3-4年の間に胡蝶蘭原種では半数以上がハイブリッドとなり、今後はデンドロビウムにも広がる様相が見受けられます。今日の実生株を見ていると、それを生産する人の多くが、原種本来の系統を守ろうとするポリシーは無く、むしろいろいろな品種を掛け合わせ何か面白い花が咲くことを目論んでいるとしか思えません。それはそれで一つの園芸品種作りとしてあり得ることですが、それに単一の原種名を付け販売することが問題です。そうした株にはどこかの国の大統領の名前なり、有名人の愛称名でも付けてもらいたいものです。特に胡蝶蘭原種に関してはすでに歳月記に取り上げましたが、一部の品種を除き実生の入手は止め野生栽培株のみとし、その他は自家生産に切り替えました。このように実生を購入される場合は、ハイブリッドを覚悟するか、ハイブリッドであった場合は交換あるいは返金が可能かをラン園に確認する必要があります。

 原種の購入には扱う対象が生き物である限り、上記したような注意と、また少なからず避けては通れない現状での問題点があります。それでもなお、求める原種を入手し、栽培し、花を得ることは代えがたい喜びの一つと思います。