原種の特徴、栽培、マーケットについて取りあげます。

原種について

 「種」という漢字は「シュ」とも「タネ」とも読みますが、本サイトではランの分類上の基本単位である「Species」を種「シュ」とし、一方、種子はタネと記載します。また原種とは自然環境の中で進化した種であって、人工的な異種間交配および異なる地域間交配で作出された種は含まないものとします。本サイトでは前記原種を原資(親株)とした自家交配および排他的な地域内の同一種間を親とする人工交配種は原種とします。よって原種には幾つかの出自様態があり下記に分類できます。
  1. 山採り株(wild / jungle plant)
    ジャングルから直接採取した株
  2. 野生株(wild species)
    原資は山採り株で一定期間人工栽培したものや、栽培過程で増殖した株。
  3. 実生株(Seedling)
    原資は山採りや野生株で人工的に自家交配(Self Cross)あるいは同一生息域の同種間交配(Sibling Cross)して得た実生(タネから育種)株。
  4. 改良実生株(improved plant)
    花柄や葉様態を選別した株同士(同種)の交配による実生株。
 上記1および2は遺伝的に人の手が加えられていないもの、また3は人工交配株ですが原資の遺伝特性を保持しているもの、4は改良を目的とした同種間の実生株を示し、他種の遺伝子を含まない種ですが自然界での原資の一般的形態を必ずしも遺伝しない株となります。これらに対して交雑種(ハイブリッド)とは、異なる生息地域間、異種間あるいは異属間の交配によって得られた種であり、このサイトでは原種とは定義しません。上記1-4のそれぞれの区分名はランを収集する場合の出自を明確にするために便宜上本サイトが独自に定めるもので、学術的な定義あるいは農業用語ではありません。

 原種収集でなぜこのような出自を意識することが必要かは、ランが絶滅危惧種として保護対象植物であり、その国際的取引には輸出国でのCITES(Convention on International Trade in Endangered Species of Wild Fauna and Flora: 絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)申請による認可と共に、それぞれの国で独自に定める規制をクリアーしなければならないことが背景にあります。殆どの国において前記1の山採り株を直接輸出することは禁止されています。このため原種を合法的に収集するには購入する株が上記のどのような位置づけにあるかの認識が必要となります。
Near Lake Janagdan (Leyte)
  CITESや各国が独自に定める輸出規定は乱獲による絶滅を防ぐことにあります。国立公園や特定指定地域での採取は禁止されていますが、生息国内で、それ以外の地域で採取した山採り株を現地ナーセリや趣味家が栽培し、その結果得られた前記2項の増殖株の輸出が可能か否かは輸出国による判断となります。現状においては原資が山採り株であっても、Propagated(増殖)されたNursery grown-plant(栽培株)であれば輸出可能となっており、国際マーケット上で野生とされる株はこの野生栽培株が対象となります。

  一方、CITES等の書類には輸出対象株の全てをハイブリッドとする表現があります。SeedlingやMericlonesと言う言葉はどの国においてもCITES書類上には使用されないようです。山採り株ではないという便宜上の語彙とも考えられます。

  今日、マーケットで原種とされる株の多くは主に台湾やタイなど非生息国から提供されます。生息国からの原種の入手が困難なのはそれぞれの国のバイオ技術とそれに従事する人材不足、また販売インフラの未整備や政府による輸出振興政策の遅れが原因です。一方、生息国外の培養業者は市場性の高い品種に重点を置いて生産するため、華やかな交雑種と比較して地味な原種が増殖される量は圧倒的に少なく、さらに原種の苗からの開花には一般的に、カトレアで4年、胡蝶蘭で3年、パフィオペディラムで5年以上かかること、低温や高温性の品種には栽培コストが高くなること等の問題があり、この結果、原種の半数程はマーケットから収集できるものの、それ以上あるいは変種ともなると入手は非常に難しくなります。

  マーケットでは原種と称されながらも、食品規格や動物の血統書のような取り決めはありません。この結果、異種間交配による、元親が不明な交雑種が片親の原種名で数多く出回っており、系統的な品質の保証がないのが現状です。原因はフラスコ苗生産者のポリシーの問題です。実生から原種としての純正(homogeneity)な遺伝的特性を得ようとすれば、生産者が遺伝的特性を守ろうとする交配ポリシーが必要であり、実生の出自を示し得ることが求められます。これは愛玩動物に見られる血統やブランドに似ています。原種が特に意味を持つのは、原種をex-situ(生息域外保全)として育種する目的で増殖したり、新たな交配種を作出する場合です。交雑種を親株としては、その実生株に出現する形態は予測不能となるためです。原種とされながらもフラスコ苗に交雑種が交じる背景は、奇をてらう新しいフォームとしてビジネス上の魅力があり、また、異種間交配がSelf Cross(自家交配)に比較して丈夫な苗をより多く得ることができるからです。反面、生息国のラン園や趣味家が、山採り株の栽培を通して得た高芽や脇芽による増殖株は大量生産には適さず、マーケット上の希少性から必然的に高価となります。

原種の特徴

 私たちが園芸店で目にする多くのランは、大輪で艶やかな色彩をもつ花を得るために、数代に渡って種間や属間で選別・交配を繰り返し改良が図られてきたハイブリッドです。こうした交配によって作出されたランは、親株の特徴をそのまま実生株に継承できる確率は極めて低く、このためビジネスとしては細胞培養などによって親株と同じ特徴をもつクローン苗を市場に出します。クローン苗であれば親と同じ特徴をもつ株を何株でも造り出すことができます。

  一方、原種は太古から今日まで自然環境の中で人が関わることなく進化してきました。生物多様性の一員として効率的に子孫を残すために虫媒花となり、それぞれが独自の生態を持つようになりました。美しさや神秘性をどこに感じるかは人それぞれですが、ハイブリッドの華麗さに対して原種は、自然に生きるための固有の形態や様態に進化した生命体としての完成度の高さにあるのではないかと考えます。

原種は栽培が難しい?

 これまで原種はハイブリッド種に比べて栽培が難しいと言われてきました。。原種は多くの種で、海抜ゼロ地帯から1,500m以上の高山、また熱帯雨林、雲霧林、亜熱帯地域に広く分布しています。一方、種それぞれの生息範囲は比較的限られています。すなわち種はそれぞれに適した環境をもち、栽培ではその生息環境を如何に擬似的に作り出すかが課題となります。この環境は温度、輝度、湿度、通風、かん水のそれぞれの要素で造り出されます。人工的な環境がそれぞれの種にとっての生息許容条件を満たせば、原種はハイブリッド種とは違った強靭な生態(増殖)を示します。

  一方、人工栽培において肥料やかん水が定期的に施されている栽培株に対して、自然環境で育った株の多くに栽培では得られない大株がしばしば見られます。大株になるには5年以上、十数年の長い年月が必要で、この長期間の成長は同時に病害虫のリスクも高くなるはずです。このような自然環境で淘汰されてきた株は、数万分の1もない生存率の中で生き延びてきた生命力を持っているとも言えます。にも拘らず、原種栽培がうまくいかない経験をもつ趣味家も多いと思います。その原因は明白で、大半は前記した環境条件に起因するものです。原種は全ての属において、下記の3つの環境条件に分類することができます。
  • 高温種 20 - 32℃
  • 中温種 15 - 28℃
  • 低温種 10 - 25℃
 上記は栽培温度であり、生命を維持するだけであれば多くの種は、さらに5℃程の上下が許容されます。また2,000m級の高山に生息する種には冬季5℃近くまで下がる環境もあります。この低気温に生息するランは落葉する休眠期をもち、その期間内は成長できる環境ではありません。一方、亜熱帯から熱帯にかけてのラン、特に着生ランにとっては下記の相対湿度が重要であり、夜間の高湿度は最も必要な成長要因となります。
  • 昼間湿度 60%-70%以上
  • 夜間湿度 80%-85%以上
   種ごとの生息域を知り、それに似せた環境を用意することが栽培の基本となります。しかし現実の問題としては、家屋内での栽培を前提にする以上、生息域に似た環境を品種ごとに作ることは容易ではなく、可能な環境条件の中から解決を見い出す手法が必要となります。それが栽培技術です。栽培方法については今日多くのサイトや出版物から得ることができます。しかし多くの失敗は、こうした書物にある栽培法は人工的に作出された交配種を対象としたもので原種を対象とはしていません。いわゆる一般論です。 一方、原種は前記したように海岸近くから1,500m以上の山岳地帯、熱帯雨林から乾季のある、それぞれが異なる環境を住み分けながら生息しています。

 原種栽培における基本は、この花が気に入ったから育てるという動機だけでなく、自宅で設定できる環境に合う品種はどれかから選ぶことが必要です。この点に留意すれば栽培の失敗は無くなります。

栽培容易な原種と難しい原種の違い

 どの植物であっても栽培が容易な種と、難しい種があります。難しいとはそれなりに管理をしているが大きくならない、花が咲かない、病気になり易い、枯れてしまうなどです。その原因はいずれも栽培環境の何かが、生きるために必要な条件を満たしていないのが原因です。どんな生物でも子孫を残すことに生命の全力を注いでおり、それが出来ないのは相当の悪環境であることを意味します。例えば金魚鉢の金魚が知らないうちに産卵してしまった経験のある方はまずいないと思いますが、水のペーハーを7.5PH程度に、温度を適度に保ち、好気性バクテリアの発生を促し、珪藻類が発生するだけの輝度を与えれば、手におえない程の産卵が行われます。飼育している人から見れば、我が家の鉢は透き通って汚れもないのに、なぜ汚い水槽の方が産卵までできるのか首を傾げることと思いますが、水が澄んでいても上記の条件のいずれかが満たされていないためです。金魚の本能からすれば産卵は自然の成り行きです。

  なぜ熱帯性ランが栽培に難しいのかは、上記したように生存に必要な条件、植物では5つの栽培要件:温度、輝度、湿度、通風、かん水:を適度に維持・制御することが難しいからです。これができれば容易に成長し、また次々と開花、増殖します。

  栽培上での課題はそれら5要素をどのような範囲、時間(期間)および量とするかにあります。観賞価値を下げない、また経済的負担を少なくすることも重要です。熱帯魚にしても庭樹もそうですが、魚や庭樹そのもの以上に栽培環境(容器、フィルタ、土改良材など)にしばしばその数倍のコストがかかってしまうことがあります。これはそれら生物に適した環境を作らんとすればするほど増加します。

  ランで考えた場合、前記5要件を如何に管理するかですが、そのアプローチは2つあり、一つは環境そのものを生息域環境に物理的に合わせる手段と、他は栽培技術による対応です。前者の手段としては、日本のような四季のある国では空調のある温室が必要となり育種としては最善であるもののコストは高くなります。一方後者は、大半の方々がこのケースと思いますが、ランの性格を良く知り、知識や技術で対処することです。すなわち、鉢、植え込み材の選択、温度、かん水などの日常管理で対応することです。物理的なコストと手間は相反します。自らの設定できる環境での最適なバランスを見つけることが必要となります。

  温室(ワーディアンケースを含む)があれば殆どの着生ランは根をむき出したまま紐で吊るしておくだけで生き存えます。同じことを居間などの家屋内で行えば1ヵ月で萎れやがて枯れます。この違いは湿度にあります。しかし室内で80%以上の湿度を維持しようとすれば部屋はカビだらけとなり人の住める状態ではなくなります。よって室内で栽培する場合は、局所的に栽培条件を満たす環境を作る以外になく、少なくともメタルラックとビニールカバー相当の環境を用意し、LED等での照明する等の対応が求められます。そのうえで、性格の異なる種に対しては植え込み材、鉢、かん水頻度で対応します。多くの植物は環境変化に対する所定の許容力があり、その範囲内であれば、こうした栽培手法であっても十分成長し、花を咲かせることができます。

  栽培しやすい種と、難しい種とは何がその要因なのでしょうか?それは生息するための温度、湿度、輝度の許容範囲が広いか狭いかです。その差は生息分布域と関係します。東南アジアにおいてタイ、ミャンマー、ベトナム、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ニューギニア、オーストラリアのモンスーンから熱帯雨林帯まで広く分布する植物であれば、前記した5つの要件それぞれの許容範囲は広く、人工的にも栽培が容易となります。地理的に限られた狭い平面範囲であっても低地から高地まで生息分布する植物も同様です。これに対して高度を含め局地に生息する植物はその地域以外の環境では適しません。

 しかし類似する環境ならば世界中に多数あり、これらの場所に移植が可能になるのではとも思います。これも難しい問題はあります。ランは虫媒花として進化した植物であり、生物多様性からなる自然の一員であるためです。前記した5要件以外に子孫を残し続けるためには、開花のタイミングに合わせ花粉を媒介するその植物にユニークな昆虫が必要です。さらにランのタネはラン菌根菌というカビの一種(Rhizoctonia属菌糸)によって発芽するとされます。カビもまたランの根から栄養と水分をもらうと共に、ランが光合成で生成した炭水化物を、その酵素によってランに必要な栄養素に変える役割を持ちます。すなわち微生物植物連鎖がここにあります。よってex-situ(本来の生息地以外での栽培)においては人工的交配による増殖を行い、人工的手段で代行する環境(フラスコ培養)を作り栽培すれば増殖は難しいことではありませんが、自然環境の中では、ランの生命を維持し継承するための全ての連鎖環境を一緒に移動させることは困難で現実的ではありません。
 
  以上から、温室では生息域が狭い原種栽培であっても栽培可能となりますが、簡易栽培では生息域分布の広い品種を選ぶことが必要です。

原種マーケット事情について

 交雑種と比較して比較的花柄の地味な原種を嗜好する栽培家の多くは、カトレアのようなハイブリッドの栽培を経験し、やがてそれらのルーツに思いを寄せ、原種の個性的な形状や、1種毎に異なる様態に魅力を感じた人と思われます。また開花はゴールであっても苗から開花までの全体を通しての育成に興味をもった人も多いかも知れません。

 世界のマーケットでは、圧倒的に観賞花としてのハイブリッドが多く見られるものの、主に台湾やタイでは原種の人工交配によるフラスコ苗生産が行われ、カトレアを始め胡蝶蘭などが市場に多く流通しています。それぞれのラン生息国でも近年はバイオ技術に力を入れているものの、これまでの5年程の間にフィリピン、マレーシア、インドネシアなど原種生息地のラン園では台湾やタイ等の海外で生産されたフラスコ苗を多数輸入し、これらの株が生息国内や、生息国の原種として海外に販売されています。

 こうした状況であるため、どの国で購入してもほとんどの実生株は台湾やタイ産であり、今日ではフィリピン生息のランをマレーシアで購入することも容易です。この結果、皮肉なことにラン園によっては本来フィリピン生息のランがマレーシアでより安価に購入できたり、その逆のケースも起こります。言い換えればバイオ技術の進歩によってどの国においてもマーケット上でのランの質は同じであり、「原種は生息国のマーケットで」といった優位性は、実生株ではなくなりました。こうした状況で生じる問題は、培養業者が原種をどのようなポリシーで生産しているかです。残念なことに原種としての純粋性を保存するというポリシーは今日、主な生産国には見られません。

 園芸品種として提供する生産者はその常として、これまでと何か違った特徴をもつ花を生産・販売することを目論みます。このことが異種あるいは地域種間交配を行わせる背景にあり、これが高じると、こうした交雑種に片親あるいは形状の似た原種名を付け、原資の変種あるいは新種のごときに見せかけた偽称商品がマーケットに出回ることになります。問題は生産者はこうした商品を偽称とは認識しておらず、園芸改良種として一般的な行為と考えていることです。この結果は深刻で、デンドロビウムやバルボフィラムでは少ないものの、胡蝶蘭原種については原資生息国において購入した原種名の実生品種がハイブリッドであった確率は、本サイトの経験から2014年から過去3年で50%以上となっており、こうした国からの実生には遺伝的純正性を保証できない段階に来ています。故E.A.Chistensonが著書Phalaenopsis A Monographの11章Conservationで述べている危惧が現実のものになってしまいました。原種のもつ遺伝的特性を重視する趣味家としては、例外もあるとは思いますが、その区別が購入時点でできない以上、残念ながら台湾やタイからの実生マーケットにはホモジェニアスな原種は存在しないと理解しなければなりません。言い換えればそこに原種としての価値を見出すことはできません。

 純正な原種を求めるには、現状として生息国において野生種から栽培増殖された株を入手する以外、確実にその遺伝的特性が保証されることは難しく、愛玩動物に血統書があるように、生息国において、特定の機関なり団体が保証する実生原種を生産し、その純粋性を商品価値とするビジネスがやがて起こる日を期待したいと考えます。