植え込み材と鉢

 バルボフィラムは樹幹などを支持体としてその表皮に根を張って生息している気根植物です。こうした生息環境における植え込み材は、デンドロビウムや胡蝶蘭などの他の気根植物同様に下記の特性をもつことが重要となります。

  1. 吸放湿特性に優れる(高い保水性と、ゆっくりとした水分の蒸発性)
  2. 高い透水率(かん水した水は植え込み材を通ってそのまま流れ落ちる)
  3. 強アルカリあるいは強酸性でないこと
  4. 十分な気相(空気の空間)をもつ
  5. 経年変化(形状、酸化、PHの変化)が少なく長寿命
  6. カビやダニ類の発生が少ない
  7. 植え替え安さと低コスト
 バルボフィラムはラン属の中で最も種の数が多く世界各国に生息します。これはそれだけ多様な環境に適応する能力をもつ属とも言えます。しかしそれぞれの種は、他属の種と同様に、温度、湿度、輝度、かん水頻度に最適な条件を持っており、環境許容範囲が他のラン属と比較しやや広い程度と理解すべきです。栽培では、熱帯雨林帯からモンスーン気候帯の低地から高地の様々な環境に対応して、種ごとに異なる栽培環境を与えることは困難であり、温度に関しては、中‐高温と低温、輝度に関しては中輝度と低輝度など大きく分けて2分類するのが現実的です。同様に、植え込み方法でも大別して2つの方法に分かれます。一つはポット植え込みと、他は吊り下げるメディア(ヘゴ板やバスケットを含む)への取り付けです。この違いは種の成長様態と、花茎と花の形態で決まります。
 
 自然に生息するバルボフィラムの多くは、地表のような水平な平面上ではなく、樹幹に生息しています。このため株が成長する様態は支持体の形状により様々な方向や傾きをもつことになります。大多数は垂直に近い樹表に活着し成長します。またバルブとバルブの間隔が長いリゾーム(根茎)をもつ種や、一方でバルブが密集する種によって、葉下に開花するもの、あるいは花茎を空中に長く突き出し、その先に花を開花させるものなど様々です。いずれも虫媒花として花に昆虫が受粉し易い形態に進化した結果です。一方、栽培ではポットへの植え込みがスペース効率、植え込みのし易さ、かん水からは好ましく多くがこの方法で栽培されています。しかし生息様態から見れば、植え込み面が平面となるポット植えは、多くのバルボフィラムにとって不自然な環境となります。この結果、根茎がポットから長く飛び出したり、花が葉とポットの間に隠れてしまったり、花茎がポットや葉に当たり曲がったり、あるいは垂れ下がった花の一部がベンチに触れてしまうなど、納まりの悪い問題がしばしば発生します。自然の生息様態に似せた取り付けが最も美しい姿となりますが、栽培環境にも制約があり、植え込み材と共に、種に応じた取り付け(植え込み)方法の選択が大きな課題となります。

コンポストの一般条件


 表1にコンポストとその特性を示しています。これらはバルボフィラムだけでなく、胡蝶蘭、デンドロビウムなど気根植物に共通するものです。表ではアメリカやヨーロッパに多いバーク単体、あるいはミズゴケ単体使用は環境依存度が高く、利用が難しいため取り上げていません。
表1 コンポストの特性
コンポスト
適用原種
保水力
気相
寿命
適応鉢
コスト
使い易さ
備考
コルク
下垂性
×
×
植え替え時に根を切断
ヘゴ板
下垂性
×
植え替え時に根を切断
ヘゴチップ
全て
プラスチック
サイズの種類が少ない
バスケット+ミズゴケ
全て
2年程でのミスゴケ交換
杉皮板
下垂性
 

 表2にミックスコンポストについて取り上げます。ミックスコンポストは表1のそれぞれのコンポストの長所を生かした組み合わせとなります。

表2 ミックスコンポストの特性
ミックスコンポスト
適用原種
保水力
気相
寿命
適応鉢
コスト
使い易さ
備考
バーク+十和田軽石+炭
全て
全て
保水力は混合比で調整

ミズゴケ

 日本では、ミズゴケと素焼き鉢の組み合わせが着生ラン栽培の基本とされます。しかしバルボフィラムに対し、素焼き鉢とミズゴケ単体での組み合わせは余り見かけません。このサイトでは2-3種のNBSサイズのバルボフィラムにミズゴケを使用していますが、特に目立った長所や短所は現在のところ見受けられず、コストやかん水の難易度からは、バスケットへの利用を除き、単体使用としてのメジャーな植え込み材としていません。

バスケット

 バルボフィラムの支持体として成長が良いのは木製のバスケットです。これは1cm角程のチーク材を4−5段交互に組んだものです。底にミズゴケを薄く敷き、次に株の根元にミズゴケを丸めてここに根を広げ、さらにミズゴケで根を覆ってから、バスケットに押しつけるように置きます。空いた空間(特に四隅)にミズゴケを足して押し込め、適度な固さにします。底にミズゴケを敷いた後、ミズゴケの代わりに後述のバークミックスを用いることもあります。市販バスケットはコストが高く、大型種、長いリゾームが奔放に伸びる種、花茎が長く伸び、花が下垂する種に適しています。難点はバスケットは吊るすメディアであり、小型温室では利用が難しく、広い温室向きです。工作用チーク材を用いて自作すれば1/3程度のコストとなります。

  下写真左はリゾームが長いBulb. virescensです。大型種でミズゴケを底に薄く敷いた後で根を広げて置きバークミックスで植え付けています。ポット植えではすぐにリゾームが飛び出し納まりが悪い代表的な種です。バスケットでも同じ傾向はありますが、バスケットの高さを、写真に示すように大きく取る(深く植え付ける)ことで比較的納まりは改善されます。またポットと異なり空中に突き出てても吊り下がっているためベンチに触れたり、他のポットに侵入することは避けられます。一方、写真右は大株のBulb. orthosepalumでミズゴケ植えです。この種は、Bulb. phalaenopsisと同様に葉が下垂するためポット植えは適しません。またバルブが大きいためヘゴ板等にも適さず、バスケット向きとなります。

木製バスケット(22.5cm角) 植え付け

Bulb. virescens ミックスコンポスト植え

Bulb. orthosepalum ミズゴケ植え

  バスケットのミズゴケもやがて緑色のコケに覆われます。1年程度経過した段階で根は余程多くの根がはみ出していなければ、そのままにピンセットなどでミズゴケだけを摘まみだし新しいミズゴケに入れ替えて問題はありません。ミズゴケの代わりにヤシガラ繊維、クリプトモス(杉皮)が考えられますが、これらは乾燥が早いため湿度の高い温室向きです。ミズゴケおよびミックスコンポストいずれも根張り、成長共良い結果が得られています。
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ヘゴ板

 ヘゴ板は木生シダ類の根が絡まった茎を材料としたものです。下垂系の多くのランの最も利用価値(成長の優れた)の高いコンポストですが、乱獲のため絶滅危惧種となって輸出入が制限され、2013年からは新規の入手は困難でコストも高く、現在はインドネシア政府認可の割当て制度の下、輸入している状況です。多くの海外ナーセリでもマザープラント用として圧倒的に利用されてきましたが、マレーシアやフィリピン共に余り見かけなくなっています。

  ヘゴ板の取り付けは根をヘゴ板の上に広げて置き、その全体をミズゴケを覆って、糸やビニタイあるいはアルミ線等で縛り付けます。ヘゴ板の問題点は成長すると根がヘゴチップの間に入り込み、2-3年経過した状態のものを取り剥がすことは、かなりの根を切らなければできません。ヘゴ板であっても耐用年数があり、3年程で交換か追加する必要があります。これ以上長期間使用すると成長が緩やかとなります。酸化や塩分の蓄積等が原因と考えられます。交換では根がファイバーの中に食い込んでいるため、取り剥がす際の根のダメージは大きく、交換年は開花しない作落ちが生じることがあります。しかし、本サイトの実績からは、ヘゴ板を超える植え込み材は今のところ見つかっていません。このため、高価な種や希少種の定番植え込み材であることには変わりません。

 下写真はヘゴ板に根周辺をミズゴケで覆って取付けたもので、アルミ線を巻いて固定しています。ヘゴ板は植え付け前に水に浸し、水分を含ませるのとアクだしの両方を同時に行います。水に一晩浸けておくと水が茶褐色に代わります。アク出しの有無が株の成長にどの程度影響を与えるかは不明です。しかし乾燥した状態の植え付けは水をはじき保水力が低下するため、数時間は水に浸けて水分を十分に吸ってから取り付けることが肝要です。

ヘゴ板とミズゴケの植え付け

Bulb. sulawesii alba

Bulb. plumatum flava (aurea)

ヘゴチップ(ファイバー)

  ヘゴチップはヘゴの棒状根を砕いてファイバー状にしたもので、着生蘭の主要なコンポストの一つとして用いられてきました。ミズゴケに比べて長寿命(2年以上使用可能)であることと、根を切ることなく植え替えが可能であること等が理由です。素材そのものの経年変化はあると思われますが、ファイバーの形状が変化することはないため、気相はそのまま保たれます。温室などの比較的高湿度が保てる環境では優れたコンポストと言えます。一方、一般室内ではプラスチックポットと組み合わせても乾燥が早く適しません。残念なことにこのコンポストもヘゴ板同様に絶滅の危惧から輸出量が制限され、現在、いつでも入手ができる状況ではなくなり、且つ高価になり、普及品ではなくなりました。

バークミックス

  バークはツガや松の樹皮をチップ(小片)化したもので、海外(主にアメリカやヨーロッパ)の植え付け解説では、バークがバルボフィラムの主なコンポストとして取り上げられています。バークには多様な品質があり、素材のままでは細かく崩れるものが現れ、1-2年程度で交換する必要があります。一方、数年堆積し発酵させた商品もあり、これらは腐敗したり、形が崩れることがほとんどないため大きな気相を長期間安定して得ることができます。保水性能もあり乾湿のメリハリが良いことと、植え付けの手間がミズゴケと比べてかかりません。問題点はデンドロビウムや胡蝶蘭には良いのですが、これらと比較してバルボフィラムは根が細く短いため、植え込みから特に半年間ほどは根が植え込み材の表面近くに留まり、乾燥しがちとなることです。これに対処する方法としては、下写真のBulb. refractumのポットに見られるように、バークの表面を適度に覆うようにミズゴケを敷くことです。

  一方、栽培環境に対応して、より気相を多く得ながら保水性も同時にコントロールするためにはバーク単体よりも軽石や炭を所定の比率で混ぜ合わせ、それぞれ鉢やランの性質に合わせたミックスコンポトとすることが有効です。ミックスコンポストは基本的にプラスチック鉢用とも言えます。本サイトでは軽石としては最も吸水率が高い(70%)、また保湿力のある十和田ケイセキを加え、さらにpH調整済みの炭を加えたミックスコンポストとしています。

ミックスコンポスト植え付け

ミックスコンポスト(ネオフォフロン:十和田軽石:pH調整炭=2:1:1)

Bulb. refractum

Bulb. masonii

  本サイトでは、しばしば植え込みの際、順化期間の栄養補助として、軽石にのみ規定希釈あるいは規定の2倍までの濃度の活性(活力)剤を加えた水に1晩浸けた後、バークと混ぜ合わせます。混合比はバーク:軽石:pH調整炭=3:1:1あるいは2:1:1としています。バークミックスをランに使用する場合、炭の割合は通常0.5以下であり、前記混合比ではpH調整済みの炭の割合が多く感じられますが、この比率は実績です。pH調整のない炭はpHが高すぎて危険なため使用しません。また窒素、リン酸、カリ類は根の傷んだ植え込み時(2-3ヶ月間)には与えません。バークにではなく軽石に活性剤を吸着させる理由は、バークが有機材であり、これに肥料(特に窒素)や活性剤を吸着させることは劣化を早める可能性があるからです。この処理により植え込み時からしばらくの間、かん水毎に軽石からアミノ酸、カルシウム、マグネシウム、亜鉛、ビタミンなどが根への放出が期待できます。バーク、軽石および炭とのミックスコンポストはプラスチック鉢が保湿性の点で優れています。

 2013年からバークと軽石およびpH調整済みの炭との混合を用いていますが、炭単体に近い割合で植え込みを行ったところ、前記配合と比較して優れた根張りと葉の成長が見られました。現在も特にクール系のバルボフィラムの数種類で炭が5割程の比率で実験中ですが、ポット用植え込み材としてはpH調整済み炭の割合を高める組み合わせで最も優れた結果を得ています。炭は小粒ですが、問題点は価格が高いため、栽培が難しいとされる種や希少な種にのみ利用しています。

杉皮板

 杉皮板は垣根や門の屋根に利用される杉の皮を剥いだもので60㎝x30㎝ほどの長方形の板で販売されています。表面は杉皮が重なり合って、その隙間に水分を保持する働きがあり、また断面を見ると高密度な繊維の塊となっており、保水力があることが分かります。根張りはコルク以上に活着する傾向が見られます。このサイトではヘゴ板に変わる素材として垂直取り付け(吊り下げ)種の80%以上で使用し、発芽、根張り共に好結果を得ています。

 杉皮はランの支持材として使用耐年数が短いとの意見がありますが、使用する杉皮は庭門や垣根に使用する天然材であり、5年以上使用していますが下写真中央に見られるような緑のコケが2年を過ぎると付くものの、栽培上での問題は確認されていません。本サイトでは中国産杉皮板を使用しています。日本の杉皮板はキメは細かいのですが市販されている商品は薄く、弱い力が加わっただけで割れてしまいます。また保水性が中国産に比べて高いのかカビが生えやすい印象です。

  杉皮板の問題は皮自体が薄いため、かん水の繰り返しでやがて円弧状に反ることです。これを軽減するには、2つの方法があります。一つは2枚の杉皮板を裏同士で重ねて反りを相殺させる方法、他は株を取り付ける際に用いるアルミ線を巻くことで反りを抑える方法です。後者は、糸ではなくアルミ線を用いることでそのままで反りが抑えられます。株の取り付け方法はヘゴ板と同様で、より大きな株に育てるには、根張り空間を広くとることが必要となります。根とその周辺の板表面の乾燥を抑えるため多くのミズゴケで覆います。施肥は右写真に見られるような肥料ケースを板とアルミ線の間に差し込みます。乾燥度合は杉皮の色で判断できます。垂直取り付けの大株にも有効です。

杉皮板とBulbophylumの植え付け

Bulb. kubahense

Bulb. patens

Bulb. callichroma

大株用取り付け材

 ポットやバスケットに取り付けできない大株の場合、本サイトでは2つの方法を用いています。一つは杉皮板であり、これは90㎝x30㎝幅までのサイズが入手できます。他の方法はヤシガラマットです。こちらは数mx1mのサイズが可能です。杉皮板の場合は2枚背面重ねで反りを抑える構成とします。一方、ヤシガラマットは樹脂網トリカルネットを円筒形に丸め、ここにマットを巻きつけ、この上に株を取りつけます。下写真左は杉皮板に取り付けたBulb. medusae、右は円筒形に巻いたヤシガラマットに取り付けたBulb. elisaeです。杉皮板あるいはヤシガラマットいずれも株を取り付ける際には十分なミズゴケを根と取り付け材の間に挟みアルミ線等で固定します。
大型株の植え付け(左:杉皮板、右:ヤシガラマット )

Bulb. medusae(取り付けから1年)

Bulb. elisae(取り付けから5年)

鉢の種類とサイズ

 鉢の種類は植え込み材で決まります。フラスコ出しから1年ほどの苗を除き、ミズゴケでは素焼き鉢やバスケット、バークミックスではプラスチック鉢が一般的です。鉢のサイズも大切な選択で、これも植え込み材に左右されます。ミズゴケ単体と素焼きやポット植えの場合は株に比べて大きな鉢にすることはできません。素焼き鉢とミズゴケの組み合わせで、2年を超えるとミズゴケの繊維分が固まり気相が小さくなり、根の細いバルボフィラムに対しては、成長が阻害される傾向があります。本サイトではバークミックスは半透明プラスチックを用いています。この組み合わせでは株サイズに対して一回り大きなサイズのポットを利用しています。これは成長が活発なバルボフィラムに対応するためです。