Den. tobaeseなどFormosae節

熱帯常緑季節林および熱帯雨林Formosae節種の環境と栽培

スマトラ島、スラウェシ島、ボルネオ島など熱帯雨林、熱帯常緑季節林Formosae節種の栽培について

 
 Den. tobaense、Den. toppiorum、Den. trajaenseなど中温タイプのFormosae節デンドロビウムの栽培では、多くの趣味家が手を焼いていると思います。当サイトもこれらの種に関してどのような環境や、植込み材、植付け方法が良いか、これまで素焼き鉢にミズゴケ、素焼き鉢またプラスチックポットにクリプトモス・ミズゴケミックス、ヘゴ板、さらにバスケットなど様々な植付けを試し、生育状態を調べてきました。最近は炭化コルクへの植付けが多くなっています。

 栽培に関しての最初の疑問は、会津若松時代(2005-12年)にはほとんどのFormosae種は素焼き鉢にミズゴケで元気に育ち、株も一回り大きく成長していました。ところが同じ植付けと管理にもかかわらず浜松では、入荷から1-2年間は新芽の発生や開花が見られるものの、3年程経つと株が痩せ始めていくのです。会津と浜松では同じ温室栽培であり、最大・最小温度はそれほどの違いはありません。敢えて違いを推測すれば、温室内の気温の最大・最小値は同じ設定であっても、年間平均気温の推移(年間平均気温と寒暖の期間の比率)が5℃ほど異なり、さらに温度・湿度の1日の変化にも同様の相違があって、会津ではそうした環境とかん水のタイミングが偶然Den. tobaenseなどのFormosae節に合致していたと思われます。

 情報によると、これらFormosae種について、冬の低温期にはかん水をやや控え、春になり新芽が出ていることを確認した後、かん水量を戻す(A slight lessening of water and fertilizer should occur through the winter months and should be resumed only with the initiation of new growth in the spring)、とorchidspecies.comを始め、ほとんどに栽培説明が見られます。しかし栽培者にとって必要なデータは、冬(低温期)とは1日の平均温度が何℃以下を指すのか、またかん水を”やや控える”と云った抽象的表現ではなく、根を一時的であれ、乾かしても良いのか悪いのか、乾かしても良いのであれば最長で何日ぐらいか、かん水から次のかん水まで鉢内はどのような状態変化が好ましいのかなどの具体的な説明は見られません。H.P. Wood, M.D.の著書The Dendrobiums K.R.G.Gantner Verlag K.G.2006にはDen. tobaenseには、”never dry. My plants obtained in bud or flower on sticks, deteriorated over a year’s time, probably too hot and not moist enough.”とあり、本種の栽培は乾燥させてはならないとしています。これほど高名なラン研究者でも自身で栽培したDen. tobaenseを1年を過ぎた頃には弱めてしまい、おそらく高温と湿度不足であったためであろうと述べています。

 冬季はかん水を少なめにすると書かれていれば、多くの栽培者は乾燥気味にすると解釈し、しばしば根周りを乾燥状態にしているのではと思いますが、こうした熱帯常緑季節林のFormosae節に乾燥は成長を害します。そこで、これまで栽培難易度の高いとされる種については、栽培方法を決定する上での視点を、まずその生息域はどのような環境なのかを可能な限り詳しく調べ、上手く育たないとすればその栽培方法と生息環境との何が基本的に異なるのかを検証することが先と考えました。

 Den. tobaense
Den. toppiorumが生息するスマトラ島トバ湖やアチェ1,000m程の高地は熱帯モンスーン気候で乾期と雨期があり、熱帯常緑季節林帯となります。この乾期での降雨量は最低月で180mm以上とされ、これは東京の6月の梅雨期の降雨量167mmよりも多いことになります。すなわち日本の梅雨期のような季節が2ヶ月程あるものの、それ以外の10ヶ月間の降雨量は200-300mm/月と熱帯雨林とほぼ同じで多湿です。また最低平均気温は19℃、最高平均気温は30℃です。よって生息域の森林内での温度は、放射冷却を考えても、精々この3-4℃ほどの低温範囲内と考えられます。

 乾季には雨期に比べて雨が少ないため、樹幹は乾きやすく、総じて乾燥気味と思われるかもしれません。しかし熱帯常緑季節林帯は乾期であっても1,000-1,500m程の高地では常に夜間、霧が立ち込め湿度は90%以上となります。気根植物の根は樹幹に着生し、多くが露出して大気中の水分を吸収します。乾期であっても昼間は根表面が乾燥するものの、夜はしっとりと濡れていることになります。すなわち1日の内に乾湿があり、乾季には数日間雨が降らない日があるとしても、この間隔で根の周りが乾燥したり濡れたりしているのでありません。 またFormosae節に見られる茎や葉には黒い繊毛があり、この機能についての研究は見当たりませんが、大気中の水分との関わりがあるのかも知れません。

 熱帯常緑季節林帯の生息種にとって、気温が15℃以下となるのであれば、植物の生理的活動が低下し、かん水量を控えるべきとするのは正しい判断と思われます。しかし、タイやベトナムなどの乾期・雨期における雨量、温度・湿度の差が大きな地域に生息するデンドロビウム節とは異なり、Den. tobaensetoppiorumの生息域であるトバ湖周辺にはそもそも、そうした気候が存在しません。15℃以下となる環境に相当期間晒すことはこれら植物にとっては、これまでの進化の中で経験のない環境に置かれることになります。果たしてそうした逆境に対応できるDNAを持っているのかどうかは分かりません。

 栽培において、かん水量を控えると云う行為は、果たして低温によるCAM活動の低下によって気孔からの水分の蒸散が抑えられ、根の植込み材からの吸水率が減り、結果、植込み材に停滞した水分が気相を狭くして通気性を低下させカビや細菌の増殖を招き、やがて根を腐敗させていく、こうした状態を避けるためか、あるいは低温では植え込み材からの蒸散率が低下し濡れた状態が続くため過水となるからか、いずれにしても、かん水を控える行為は、冬季の低温を前提とした対応であり、栽培温度を生息地並の15℃以上にすべきと云った対応ではありません。

 多くのFormosae節の栽培に関する記載には、熱帯季節林と熱帯常緑季節林の環境の違いを考慮していないように思えます。熱帯常緑季節林生息種の季節に応じたかん水管理の難しさで生育を害しているのであれば、季節に関わりなく最低温度を生息地並の15℃以上にすれば良いだけのことです。冬季の暖房器の設定を15℃とすれば、夕方から朝までの夜間平均温度はおそらく昼間の余熱もあり18℃位にはなり、この値は生息地と1-2℃のみの違いはあるものの、ほぼ同じです。むしろ公表されている気候はそれぞれの都市開発周辺のデーターであって、森林内では2-3℃低い可能性が高く、となればほぼ同じとなります。

 Den. tobaense
toppiorumも他節同様に茎(疑似バルブ)が伸長し、成熟するとやがて葉が落葉し始め、数枚は残したまま、あるいは全て落葉した茎に花を付けます。一方で落葉の前後には新芽が現れ伸長します。新芽の発生に季節感は見られません。この性質は一定期間の低温や乾燥期間を経て新芽を出すDendrobium節とは異なります。言い換えればスマトラ島やスラウエシ島などに生息する熱帯常緑季節林帯のFormosae節は、落葉樹林帯の植物に見られる寒さ対策として落葉しているのでなく、バルブが充実した後の開花(受粉後の結実からタネの放出までの半年間以上の維持を含め)に費やすための組織内の養分を保持する行為と思われます。この養分が残っている限り、花が受粉・結実に失敗し枯れても、バルブは枯れることなく、次の花を開花させるためバルブの別の節目から新しい花芽を発生して開花を続けます。養分が無くなればやがてバルブは枯れていきます。一方でこの間、新芽は休むことなく伸長を続けています。

 バルブの葉数と根は密接な関係があり、根が充実していれば開花や結実があっても、一部の葉は残り、バルブは長く生き続けます。しかし根が過度の乾燥や過水等により枯れると落葉は一気に進み、それまでのバルブの充実度に応じて、開花を待つか、高芽を発生します。熱帯常緑林帯での生息種は常にCAM活動を続けられる環境にあり、もし全てのバルブで葉を落としてバルブだけの状態となって、数ヶ月間新芽が現れないとすれば、すでに根は枯れ、株元から新芽が現れることはまずありません。こうした状態での高芽発生も根の異常を示すものです。胡蝶蘭と異なり、デンドロビウムでは、空中に飛び出た根は5-10㎝程伸長しても活着地点が無いと、根冠部が変色し枯れ始めます。一方で、活着点があり、吸水が可能となった根は伸長し続け、また分岐も行われます。見方を変えれば例えミズゴケで覆われていても乾燥気味であれば吸水根としてのデンドロビウムの根は発達せず、やがて枯れることなります。

 一方で、夏季での考察も必要です。Den. tobaenseなどの生息地の年間を通しての平均温度は25℃±2℃です。浜松では7月から9月の3ヶ月間の温室内の平均気温は、昼間の余熱によって夜の気温も高く、30℃ほどになります。この温度は生息地での最大平均温度と同じです。猛暑期間だけでなく、6-9月は夜間の平均気温も昼間の余熱によって、5℃ほど高くなります。これでは中温タイプの植物に取り生理機能(通常CO2 の取り込みの適温は高湿度下で18-20℃前後、光合成の適温は25-28℃。低地高温タイプはその+2℃と推定)に適した環境ではありません。結果、成長が害されます。

 ここに会津若松時代での、中温室が無い環境でなぜ問題なく育成できたかの背景があるように思われます。すなわち会津と浜松では昼間の2-3時間のピーク温度は同じでも、1日平均の温度は5℃程異なります。5℃と云う一見わずかな違いであっても、高温に対するこれらの種にとっての生理的活動には大きな影響があるのではないかと考えます。デンドロビウムだけでなく他の属種にもしばしば見られる、春に出た新芽が夏に枯れるような状態は、多くが適温・適湿環境でないことを示しています。特に新芽はそれを支える新しいバルブの根の乾燥には敏感であり、避けなければならず、これはバルボフィラムのBeccariana節にも共通する問題です。

 ここまでの問題をまとめれば、栽培者が温室設備を持ちボルネオ島やJava、Sumatra島低地生息種(高温タイプ)を栽培する上で、最低栽培温度を15℃以上に管理しており、また1,000m前後の高地種の栽培のため温室を間仕切りして、その中では夏季の高温対策として最高温度をエアコン等で30℃前後にしているのであれば、11月から4月頃の日本の寒冷期となる半年間はエアコンを止めて間仕切りを外し高温タイプと同じ環境下に置き、それ以外の半年間は間仕切りをして中温環境にすることが考えられます。国内では地域により季節毎の違いがあるため、それぞれの寒暖期に合わせたタイミングでこうした切り替えになります。結果、中-高地熱帯常緑林生息のFormoae種は生息地に似た環境に置かれたことになり、少なくとも年間を通しての温度に関する問題点は解決されます。

 残る問題はかん水頻度とかん水量です。かん水は素焼き鉢の表面やミズゴケの色の変化の具合を見てかん水をするのが一般的です。晴れたり雨が降ったりと外気が変化していればこうした乾湿の度合も変化します。多くの趣味家はその経験を通し、どのタイミンがベストであるかを学び実践します。問題はこうした栽培において種ごとの植え込み材、鉢、鉢サイズなどの多様化にどう対応するかです。ほとんどの趣味家は収集家でもあります。1品種だけを栽培するのでなく興味のある種は可能な限り集め栽培したいのではと思います。

 鉢植えで、温室での最低温度を15℃に保っているにも拘らず、株が弱体化したり、春になっても新芽が現れない場合があり、鉢から取り出して根を見ると、そのほとんどで根はすでに黒ずみ、生きた根が1-2本しかないことをしばしば経験します。最も可能性の高い原因は、根の完全乾燥と過かん水の繰り返しによる腐敗が考えられます。よって過かん水を避けるため粒度の大きなバークや、気相の大きなクリプトモス等を主体とする植込み材による対応が考えられます。

 この対処法は一つの問題点(過かん水)は解決できるものの、他方で気相が大きくなれば乾燥も進み、根周りの乾湿は温室内の温度、湿度、通風に大きく左右されます。通風は通年で一定に設定できても、年間平均温度・湿度は季節で変化し、かん水頻度は季節に応じて異なる管理が必要となります。鉢の置き場所ごとに異なる日々の周囲の変化にも対応しなければならない点で栽培難易度はむしろ上がる可能性もあります。 気相を大きくする一方で乾燥を押さえる方法に粒度の大きな植え込み材とスリット入りプラスチック鉢の組み合わせによる対応もありますが、鉢内部の状態を見ることはできません。

 生息域が異なる種やそのサイズが違えば、それらに応じた植え付け、植え込み材、鉢なども多様にならざるを得ません。しかし栽培手法が異なれば、それに対応したかん水の頻度とタイミングも異なってきます。日々の気候の変化(温度、湿度)は、特に季節の変わり目で安定せず、温室内でも大小の差はあっても、そうした変化の影響を受けます。鉢やミズゴケの色から凡そかん水のタイミングは推測は出来るものの、植込み材の詰め込まれた内部は鉢サイズや植え込み密度、ミズゴケの品質等は均一ではなく、また、植え込み材の経年変化などで保水力も変化します。果たして濡れた状態なのか湿った状態なのか、あるいは乾燥気味であるのか、中心部までは目視したり触れたりして確認することは出来ません。Formosae種など栽培難度が高いと云われる種の原因の一つは、乾湿の変化に敏感で、こうした環境の対応に問題があるのではと考えられます。ではこの問題を軽減する対策は無いのかが課題となります。

 一つの手段は生息(樹幹に根を張った様態)に合わせた板状あるいはバスケットへの取り付けです。なぜ、ヘゴ板やコルク付けが、こうした問題を解決あるいは軽減できるのかが問われます。おそらく多くの趣味家はすでにそうした素材を利用した経験があり、しかし栽培に失敗した経験もあるのではないかと思います。その原因は、なぜ鉢植えではなく板状支持材とするかの最も重要なメリットを生かしていないためと思われます。

 当然鉢植え同様に温室内の通気、温度、湿度によって、根周りの乾湿は、むしろ鉢以上に影響を受けます。こうした急速な変化は成長にマイナスとなります。 決定的違いは、吊り下げタイプの板状支持材への植え付けでは、その板の上に根を置き、根全体を平面的にほぼ一様にミズゴケで覆っているため、鉢と違い、根全体の乾湿の状態は、ミズゴケに触れるだけで毎日の変化が正確かつ容易に分かることです。栽培の基本は植物を取巻く環境を果たしてどれだけ詳細に把握できているかどうかです。葉や茎だけでなく根を含め何時如何なる場合でも、それらがどのような状態にあるかを知ることができるかどうかです。ランが枯れるということは何かに見落としがあり判断ミスがあったからと考えられます。ほぼむき出し状態の板付けであれば、問題点を捉えることも容易になります。例えば瑞々しい色の根冠が伸長していく様子や、その根冠が茶色くなり枯れ止まる様子などです。起こっている問題が分かれば対応もできます。では具体的にヘゴやコルクに植え付ける際、どのような考慮が必要か、その意味は何かが次の課題となります。

 熱帯常緑季節林でのDen. tobaensetoppiorumの生息環境はすでに記載しました。こうした生息種は休眠に相当する様態は通年で見られません。言い換えれば根は常に湿った状態が続くことが好ましく、度々指摘していますがこの湿ったとは、気相を奪う濡れた状態とは異なります。ミズゴケで例えれば指で軽く押して湿っていることが分かる感覚であり、指を離した時、指先に水が付く状態ではありません。かん水時点では当然ぐしょ濡れとなりますが、数時間で濡れた状態になり、徐々に湿った状態に変わっていきます。そこまでの進行が5時間なのか10時間程なのかは、吊り下げられた環境の温度、湿度、通風、植え付け材(ミズゴケなど)や支持材の特性や量、さらに品質に大きく左右されます。

 吊り下げられた植え付け材へのかん水は、そこに保水される最大量は一定であり、幾らかん水しても、保水可能な量を超えた水は落下します。また濡れた状態はミズゴケが平面的に置かれていることで、鉢植えとは異なりほぼ一様です。しかしミズゴケのような保水力の高い素材を使用した場合、かなり長時間、ぐしょ濡れが続くのではないかと思われがちです。これは支持材の特性に大きく左右されます。支持材が吸水力のある素材で、十分な体積があれば、ミズゴケに留まった水分は、自然蒸散に比べはるかに早くより多くが吸水されます。また一旦吸水した支持材が、木炭のような多数の小さな気孔構造をもっていれば、周辺が乾燥すると逆に、ゆっくりと吸水した水分を放出します。これを調湿特性といいます。調湿特性とは日本家屋の土壁や聚楽塗りなど、吸水とその放出で部屋の湿度を一定に保つ伝統素材や技法として知られています。

 かん水から次のかん水までの間に、ぐしょ濡れ状態を短時間でなくし、湿り気のある状態にした後、如何にその状態を長く維持できるかが、その吊り下げ支持材が有用となり得るかどうかの判断となります。  1日の内、一回はかん水ができる環境であれば、晴天の日を選び、支持材の表面を適度な量のミズゴケで覆い、例えば夕方にかん水を行います。このミズゴケが翌日の夕方まで湿った状態であるかないかを調べます。もししっかりと乾いているのであればミズゴケの量を増してテストを繰り返します。湿り気が残るようであれば、それが適量と見做すことが出来ます。相当量のミズゴケで覆っているにも拘わらず乾いてしまうとすれば、その環境は室内外を問わず湿度が低すぎて、ランの栽培には適しません。一方、1日経ってもミズゴケを軽く抑えるだけで、水がにじみ出てくるような状態はミズゴケの量が多すぎます。こうしてミズゴケの適量が決まれば、晴天が続く日のかん水は1日一回、また雨天の日や梅雨期などの湿度の高い日は2-3日に1回のかん水で良いことになります。毎日のかん水が難しい人は、支持材を保水力のあるヘゴ板にすることで、コルクでは1日でほぼ乾く状態の環境であれば、2日に一度、雨天を含めると3日に一度で良いことになります。なおこのような支持材とミズゴケの適量を夏季に決定すれば、10月の夜間の気温が20℃以下になる頃から翌年の20℃以上になるまでの間は温暖期に比べて温室の湿度が上がり、2-3日は湿りが続きます。いずれもミズゴケに触れ、かん水の間隔を計り、栽培環境との状況を把握することになります。

 1日の内、かん水のタイミングはいつが良いか、午前か午後かはよく問われる問題です。適時は午後となります。これには重要な理由があります。それはCAM植物にとって夜間の高湿度は不可避であり、午後に株全体に散水をすることでこうした条件が得られ易いことです。しばしば午後に散水をすると夜の間、株が濡れた状態となり病気になり易いと云った意見が聞かれます。高温・高湿度下では菌は活発となり感染し易くなることは間違いありませんが、基本的な視点が間違っています。もし1株当たり数十秒か数分の散水による夜間の高湿度で病気になるのであれば、熱帯雨林に植物は生存していません。病気は散水による高湿度下で起こるのではなく、カビ系や細菌系の病原菌によって起こされるものである以上、そうした行為で病気が発生するとすれば、その環境は菌の濃度が極めて高く汚染されており、まず行わなければならないことは、その濃度を下げることです。いわゆる病害防除処理となります。CAM植物に必要な夜間の高湿度化を、病気が起こり易いから避けるべきとするのは本末転倒です。  

 かん水を始める前に、支持材のミズゴケに触れ、表面がサラッとして湿り気が少なくなっていればかん水を行い、十分な湿り気が残っており翌日に曇りか雨天が予報されている場合は、植物にではなく、空中湿度を高める目的で温室の場合は地面や通路に散水をすれば十分です。いつもならまだ湿り気があるのだが、何故か乾いていると云った場合もしばしばあります。常にミズゴケに触れて湿り具合をチェックし、こうした場合は可能な限り時間を置かず、かん水を行います。カラカラの乾いた状態があったり、乾いた状態が繰り返し起こると、頂芽が落ちます。さらに疑似バルブが充実していないにも拘らず落葉や高芽の発生が始まった場合は、根がすでにダメージを受けていることを示しており、相応の対応が必要となります。

 実際の栽培で、Formosae節は植え付けてから1-2年程は問題なく育つのだが、その後からはじり貧状態になっていくとの話をよく聞きます。良質なミズゴケは、気相と共に湿った状態を長く維持できます。しかしこの維持も2年が限度で、これが原因の一つではないかと思われます。 支持材に付けたミズゴケは2年ほどで植え付け時のフワフワ感が無くなり繊維部分がほとんどとなり保水力が失われていきます。かん水頻度を同じくしていると、知らず知らずのうちに乾燥時間が増え、最も避けるべきカラカラ状態がしばしば起こります。板付けでのミズゴケの交換は2年が目安です。

 以上でスマトラ島、スラウェシ島などの熱帯常緑季節林でのFormosae節の栽培の問題点と対応について解説しました。これはボルネオ島など熱帯雨林生息種にも共通しています。 十分な気相が必要な反面、乾燥を嫌うと云った、日本の環境下では二律背反となる性質をもつ、この厄介な中温Formosae種の栽培について温度、かん水、植込み材を取り上げてきましたが、栽培にはさらに、輝度、通風、また様々な環境に対応した植込み方法など多数の課題があります。またこの解説では温室での栽培を前提としましたが、ワーディアンケースや簡易温室ではまた異なった対応が必要と思われます。これらは別途考察してみたいと思います。すべての栽培要件は、例外なくそれらが栽培される環境に依存し、絶対と云った手法はありません。会津での栽培がそうであったように、鉢植えで何ら問題がなく、元気に育っており毎年花をつけているのであれば、その環境と管理は適切であり、これを別の栽培法に変える必要はありません。読者は自身の栽培環境に照らして、様々な情報を参考にし応用することが基本であり、有効と思います。

 いずれ世界中の人と討論が可能な、こうした栽培情報を専門とするバイリンガルのオンラインサイトを立ち上げたいと考えているところです。

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