栽培、海外ラン園視察などに関する月々の出来事を掲載します。内容は随時校正することがあるため毎回の更新を願います。  2024年度

2025年  1月  2月  3月  4月  5月  6月  7月 

7月

バルボフィラム3種に見る直近2年間の成長 ( Growth of bulbophyllums for 2 years on carbonized cork)

 下画像はBulb. maxillare albaBulb. refractilingueおよびBulb. gjellerupii 3種それぞれの2年間の成長を示したものです。いずれのバルボフィラムも高温タイプで、中段は2023年7月に炭化コルクとヤシ繊維マットを組み合わせた40㎝長の取付材(maxillare albaの2株を除く)への植替えを行った時の様子で、株の伸びしろ面積をそれぞれ倍近く設けています。また下段は2年後となる今月14日にそれらを再度撮影したもので、3種共にバルブ数がこの2年間で2倍以上に増殖しており、Bulb. refractilingue gjellerupiiではリードバルブがすでに取付材をはみ出している様子が見られます。
 通常、こうした成長を得るに至るまでには多くの難題に直面します。それは入手した株のそれまでの生息域に関し、その地域名は判るものの特に標高の詳細な情報が現地にてもほとんど得られないため、適応する栽培環境が分からないことです。種名が既知であればジャーナル等の出版物などでその種の標高を含む生息域を知ることができます。しかし低地から高地までの広い標高域に分布する種も多く、そうした広域種は暑さ寒さに強い特性を持ち栽培は容易と思われがちですが、個々の株は、それぞれの環境での長い生命の維持と継承を通して固有の生理的適応性が出来上っていると考えられます。例えばPhal. lindeniiは低地生息種として長く高温環境で栽培されてきました。しかし生息地が土地開発により減少し、近年では入手できる多くが高地種となっています。こうしたPhal. lindeniiを高温環境で栽培すると、株は次第に弱体化し開花も得られなくなります。
 このように、原種栽培では株ロット毎の具体的な標高域やその環境を知ることが重要で、このためにはそうした知識あるいは栽培実績のあるサプライヤーから原種を入手し、株と共にそれらの情報を得ることが必要です。ここで云う栽培情報とは成長と開花を繰り返し得た経験とその環境条件に関するものであって、単なる保存維持の情報ではありません。それが得られない場合は、低・中・高温環境をそれぞれ入手者自身が用意し、温度、湿度、輝度、通風等と生体との関係を観察し、好ましい栽培条件を見出すことが必要となります。当歳月記にしばしば取り上げてきたように、稀少性の高い種であればある程、栽培情報が少なく初花を得るまでに長い歳月を要しています。しかし一旦その条件が判り環境が整えば、原種は異様なほど活発な成長を示すことになります。

  Bulbophyllum maxillare alba Bulbophyllum refractilingue Bulbophyllum gjellerupii

Coelogyne kinabaluensis flavaフォームのセパル・ペタルのカラーと透明感

 2015年8月ボルネオ島からSabah生息種として入手した多数のセロジネの中に、花形状は似ているものの下画像左に見られる一般的なCoel. knabaluensisのもつ杏(薄い赤茶)色に対して、中央及び右画像の開花当初は透明感のある苗(淡い黄緑)色で、やがて3-4日過ぎたころから徐々に緑味が減り、黄味が増すフォームをもつ株が含まれていました。この種は毎年春から夏に開花し今年で10年になります。今回本種を取り上げたのは、セパル・ペタルのもつその透明度からです。ランの中には、例えばBulb. rugosumなどセパル・ペタルに透明感のある種は僅かですが存在します。しかし下画像に見られるように、光が前面から当たっているにも関わず、ドーサルセパルの背後にある部位の輪郭がこれほどよく透けて見える種はこれまで見たことがありません。撮影は8日です。一方、Coel. kinabaluensisのflavaフォームも公式には記録されておらず、ネットにも本種に類似するCoel. kinabaluensisの画像がありません。そうした状況からは、このフォームは稀少性が高いと思われ、取敢えずCoel. knabaluensis flavaとし、落花後には植替えを行い、株の成長を促したいと考えています。

Coelogyne kinabaluensis  Borneo

久々登場のデンドロビウム3種

 現在(8日)、Den. bracteosum white、Den. nabawanenseおよびDen. wenzeliiが開花中です。

Dendrobium bracteosum white PNG Dendrobium nabawanense Borneo Dendrobium wenzelii Luzon

Trichoglottis atropurpurea fma. flava / Trichoglottis philippinensis fma. flava

 現在Trigl. atropurpureaのflavaフォームが開花中です。本種は2014年9月にフィリピンCavite州Buhoの蘭園にて開花中の花を見て入手したもので、園主によると初めて扱う種とのことでした。当サイトでの初花は入手から6年を経た2020年でした。それまでの経緯の詳細は同年7月の歳月記に掲載しています。しかしその後は毎年開花はするものの、暗紫色のTrigl. atropurpureaのネット画像に見られるような多輪花ではなく4ー5輪が続き、今回入手から10年を経て始めて、複数株で16輪の同時開花となりました。このflavaフォーム種は現在も国内外共に当サイト以外見られない希少種となっています。
 ここで問題なのはその種名です。フィリピンでは暗紫の花色を種名とするTrigl. atropurpurea(Rchb.f. 1876)と、花色は異なるものの形状が似たTrigl. philippinensis(Lindley. 1845)が知られています。そうした中でハーバード大学植物学者 Oakes Ames氏は、Trigl. atropurpureaとの形状の相違を認識したのか、Trigl. atropurpureaの発表から48年後となる1922年に暗紫色のTrichoglottisを、種名Trigl. brachiataとして発表しました。さらに1933年にはTrigl. brachiataStauropsis philippinensis とは同種で変種の関係にあるとして、Stauropsis philippinensis var. brachiataとしました。さらに5年後の1938年にはL.O. Williams氏により属名StauropsisをTrichoglottis(シノニムの関係)と替え、暗紫色のTricoglottiesはTrigl. philippinesis var. brachiataとの種名に至りました。このように暗紫色種のTrichoglottisの種名は多様な経歴があります。上記の経緯を考えれば、現在知られているTrigl. atropurpureaは、Trigl. philippinensis var. atropurpureaとも云え、結果当サイトが所有するflavaタイプはTrigl. philippinensisの変種あるいはフォームの一つとして、Trigl. philippinensis var./fma. flavaともなり得ます。形状の相違が地域差や個体差の範囲内であれば、花の色合いで別種とするのではなく、最も早く発表された種名を本種名(この場合philippinensis)として、深紫色(atropurpurea)、赤紫(purpurata)、ピンク(rosea)、青(coerulea)、黄色(flava)、白(alba)など色が異なる種はその特徴を変種あるいはフォームとして位置づけ同種化することが理にかないます。しかし植物学者にとって目視による個体差から同種か別種かを判断することは難しい場合もあるようです。そうした中での当サイトのflava種ですが、Trigl. atropurpurea fma. flavaすなわち暗紫色種の黄色種とした、ラテン語とは云え色名そのままを2つ並べた種名に比べれば、Trigl. philippinensis fma. flavaの方がスマートに感じます。

 下画像は左と中央が現在開花中のflavaフォームで70㎝長の炭化コルクに取り付けています。しかし株は最下部の生きた葉のある位置から最上部の葉までの長さが現在1m13㎝あり株の上半分は支持材を越えており、その越えた50㎝程の茎上に16輪が同時開花している状態です。本種は16輪が全開すると2m程離れた位置からも分かる良い香りが漂っています。花後には株を適当な位置で切断・株分けをし、それぞれ90㎝長の杉板に植替えを行う予定です。多数の同時開花を得た本種の今後の課題は、花サイズが5㎝程となるような栽培法を杉板の上で探ることになります。

Trichoglottis atropurpurea fma. flava Philippines Trichoglottis atropurpurea Philippines

現在開花中の2種:Dendrobium daimandauiiBulbophyllum translucidum

 Den. daimandauiiはボルネオ島キナバル山近傍に生息のデンドロビウムで2011年(J.J. Wood)に、一方Bulb. translucidumはレイテ島生息のバルボフィラムで 2016年(R. Bustamante, et al.)にそれぞれ発表された新種です。いずれも現在マーケット情報は僅かで、その背景としてDen. daimandauiiは生息域がキナバル国立公園域(採取禁止)に関わりがあるのか、またBulb. translucidumは、当サイトが現在栽培する本種数十株全てがBulb. leytensの発注でのミスラベル株であったように、現地サプライヤーにとっても花確認の無い株は種別判断が難しいのかも知れません。 特にBulb. transludcidumについてはIOSPEに現在も記載が無く、またOrchidrootsにおいても掲載画像は1点のみです。
 下画像のDen. daimandauiiは現在開花中の花で、本種は茎(疑似バルブ)が長く半下垂タイプのため木製バスケットに、一方のBulb. translucidumはこれまで炭化コルクでの栽培でしたが本種のリゾームは長く、多数のバルブが支持材を大きくはみ出しそれらが2年以上空中に垂れたままとなっていたため、この状態では今年の夏の猛暑は越えられないと思い、古いバルブを取り除き新たに下画像右に示すように先週から今週にかけて60㎝杉板に植え替えを行っています。現時点で取り付けた板数は22枚で画像はその一部です。杉板1枚当たりの葉付きバルブ数は15-20個となっています。

Dendrobium daimandauii Borneo Bulbophyllum translucidum Leyte


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