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生息地

 デンドロビウム属はバルボフィラムに次ぐ、2番目に多い種をもつランです。約2,500種名があり、その内、確認されているものが凡そ1,200種(1995年)と言われています。その生息域は東南アジアを中心に、インド、ヒマラヤ、中国、ベトナム、フィリピン、マレーシア、インドネシア、ニューギニア、オーストラリアおよび西太平洋の各諸島に広く分布しており、日本ではセッコクDendrobium moniliformeが知られています。そのほとんどが亜熱帯から熱帯地域が生息地域となります。

デンドロビウム分布マップ

  1,200種のデンドロビウムがそれぞれの地域に生息する数は表1となります。Endemicsとはその国の固有種を示します。この元となるデータは2000年頃ですので主要な生息域、タイ、マレーシア、インドネシア、ニューギニア、オーストラリアでは2015年現在値で、5%以上新種が増加している可能性があります。

  Northeast India Bhutan Sikkim/
Darjeeling
Nepal Northwest India South India Bombay Madras Kerala Nigiris Slil anka Andaman
Species 46 32 33 28 12 13 12 14 13 8 8 10
Endemics 4 1 1     2         4  
  Myanmar Thailand Indochina China Taiwan Korea Japan          
Species 105 150 108 20 11 1 2          
Endemics 13 20 20 1 2              
  Malaysia Sumatra Java Borneo Sulawesi Philippines New Guinea          
Species 80 115 55 160 62 90 350          
Endemics 20 44 7 75 34 65 270          
  Solomon Islands Vanuatu New Caledonia Fiji Samoa Tonga Tahiti Australia        
Species 51 29 36 18 15 3 3 65        
Endemics 8 2 5 7 6     40        

 比較的狭い地域内に多品種が集中するボルネオ島やニューギニア(パプアニューギニアとIrian Javaを含む)は、その特徴として限られた範囲内に海抜ゼロ地帯から4,000mを超える高山があり、標高に対応して熱帯雨林、雲霧林、さらに冷帯林等の多様な自然環境によって豊かな生態系(生物多様性)を生み出されています。デンドロビウムが生息する最も高い標高は、ボルネオ島キナバルでは2,600mのDen. ventripes、ニューギニアでは3,800mのDen. rigidifoliumが知られています。しかし2,500mを超える高山では、花粉を運ぶポリネータが激減し増殖が困難な環境でありデンドロビウムの生息数はごく僅かで昆虫に代わって、小鳥がポリネーション(交配)を行うことが観測されています。

  デンドロビウムが集中して生息する標高は、他のランと同様に低地熱帯雨林帯から雲霧林への移行する地帯です。この雲霧林はボルネオ島キナバルとニューギニアKaniでは高度が異なり、前者は1000m-2,000mに位置するのに対して、後者は600mから1,000m、1,000mから2,500m、さらに3,000mまでのそれぞれに特有の気候をもつ3層の雲霧林に分かれます。ボルネオ島では前記雲霧林地帯に、またニューギニアでは中層雲霧林にデンドロビウムが多く生息し、この層では年間最高平均気温は25℃、最低気温は13℃、また湿度は通年で80%以上となります。雲霧林は夜から朝にかけて霧が発生して湿度が高く、シダやコケ類が岩や樹林の表皮に厚く着生した環境を作り出しています。デンドロビウムはカトレア、胡蝶蘭、バルボフィラムと同じ着生ランであり、その多くは夜間高い湿度を必要とし、太陽光が直接当たる時間の少ないこうした雲霧林や、支持木の木漏れ日が当たる場所に多く生息しています。


雲霧林


 一方、ニューギニアの低地雲霧林では最低気温が25℃となり、Spatulata系デンドロビウム25種の内、19種が生息し、Den. hamiferumなど一部が2,000mの中層雲霧林帯に生息します。この結果、Spatulata系デンドロビウムの栽培では高温多湿の、年間最低温度20℃以上、湿度80%を保つことが最善の栽培法となります。

 一方で、インド、タイ、フィリピン等の熱帯モンスーン気候となる地域では雨期、暑期および乾期の3つの季節があります。地域により1か月程のずれがあるものの北半球では7-11月が雨期、3-6月が暑期、12月-2月が乾期です。乾期は同時に低温期ともなります。こうした地域では落葉広葉樹林が主な植生となる乾燥林と、標高1,000mから2,000mの雲霧林に分かれ、多くのデンドロビウムは高度1,000m地帯に生息します。

 季節および標高の違いで気温と湿度の著しい変化のあるモンスーン地域からの種の栽培として生息地に似た環境を求めれば、高度な栽培が求められますが、反面このような地域に生息する種は季節の変化に強い種でもあり、栽培上は容易な種とも考えることが出来ます。熱帯モンスーン気候の中には2-3ヶ月の短期間ですが、インド北部のヒマラヤ周辺や、山岳地帯では5℃を下回り、湿度50%程度となる時期が見られます。しかし、1年の大半は10℃以上で夜間は霧が出て高湿度な環境となっています。こうした背景から栽培では、寒冷帯生息のデンドロビウムであっても10℃以下は避けるべきと考えられています。

亜熱帯気候での疎林


 

生息地の気候


 多くのデンドロビウムが生息する地域の気候は大きく分けてそれぞれ熱帯雨林と熱帯モンスーン気候があり、年間の気温、湿度、雨量は4つのタイプに分かれます。下図で赤実線は月平均最高温度、破線は最低温度を示します。各グラフの色は左の縦軸の色に対応しています。


 代表的なデンドロビウムの生息地の年間温度(赤グラフ)は、ボルネオ島Sarawak、北スマトラ島、パプアニューギニアでは変化が少なく、ブータンに国境を接するインド北部では、雨量(青グラフ)や湿度(黄グラフ)の大きな変化と合わせて、10月から3月までの乾期と、4月から9月までの雨期が明確にあり、熱帯モンスーン気候となります。このインドの気候グラフを見ると、湿度の低下は2月から4月の間の降雨量が少ない時期で符合するのですが、同じく降雨量が少ない10月から1月の乾期であっても前記とは異なり湿度は80%以上が保たれています。これは夜間の雲霧によるものです。よってこの地域からの種を降雨量から6か月間乾期で低湿度と誤解し、かん水を控えた栽培をすれば、上手く育てることはできません。

 年間の温度変化は少ないものの、雨量の変化の激しい地域PapuaNewGuineaと、変化の余りない地域North Sumatraがあります。1年を通して温度が高い地域ではいずれも湿度は80%を超えています。雨量の変化が激しいにも関わらず湿度が90%近く保たれているのは、デンドロビウムのおもな生息地が雲霧林であるからです。

 一方、下図に対称的な気候を示します。左はインドネシア領ニューギニア(Irian Java)で、山岳帯でのデータであり気温は22-23℃と低いですが、年間の変化がほとんどなく、しかし湿度は90%近くあることが高山系雲霧林の特徴で、デンドロビウムが多く生息する地域です。この低温・高湿度となる環境を人工的に作り出すことは温室無くしては容易ではありません。右は左とは対照的に12月から2月までの平均気温は10℃程となり2月から4月までは湿度も60%を下回ります。月ごとの最高最低温度差も年間を通し激しく変化し、植物にとっては厳しい生息環境と考えられます。こうした環境に生息するデンドロビウムは1月から3月までの低温時には落葉し休眠に入ります。


  いずれもこれら地域には多くのデンドロビウムが分布していますが、1種がこれら全ての環境に順応できる訳ではありません。しかし年間を通し平均気温がが30℃近いインドネシア領Ambon島生息種や、2-3ヶ月間10℃、短期間には5℃まで耐えられる特性をもつ種が同属内に含まれることは他属にはない特徴です。ごく僅かですがオーストラリアの一部には零下となる地域にもデンドロビウムが生息するそうです。

 生息地を知ることは、その気候情報を知り得ることになり気候情報は栽培の上で最も重要です。可能な限り生息環境に準拠した栽培環境を提供することで、デンドロビウムを健康に育種することができます。

CAM植物

 デンドロビウムは着生植物であり樹幹の表皮に根を張って成長します。着生植物は他の植物を支持木にするものの寄生植物とは異なり、支持木から養分を奪うことはしません。着生ランはラン菌(カビの一種)と共生し、ラン菌は蘭の根の細胞にラン菌根を形成します。ランは光合成により生成した炭水化物(糖分)を菌に与え、菌は酵素によってその糖を分解し窒素化合物(窒素、リンが主体)を生成し、その無機栄養分をランがもらうといった共生が考えられています。デンドロビウムは胡蝶蘭と同様に光合成による有機物(炭水化物、ビタミンなど)を自分で生成する点において寄生植物とは異なります。

 樹幹に着生する植物は特に乾季にあっては、長期間の水分ストレス(不足)にさらされることになります。このような生息状況の中で温度が高く、湿度が低下する昼間に気孔を開いて炭酸同化作用を行えば、多量の水分を葉から蒸散させることになり一層水分が不足しダメージを受けます。これを避けるため夜間の低温多湿時に気孔を開いてCO2を取り込み、CO2を一旦リンゴ酸として葉肉細胞内の液胞に貯蔵し、昼間にこのリンゴ酸を再びCO2に還元するとともに、太陽光を利用して光合成を行い、炭水化物を作り出し酸素を放出します。この光合成プロセスをもつ植物をCAM(Crassulacean Acid Metabolism)植物と呼び、カトレア、レリア、バンダもこのグループの1属です。

 こうした着生植物は生息環境と同じように、根が空気にさらされていることが必要で、植え込み材、鉢、および植え込み方法が生育の良し悪しを左右することになります。