病害虫と薬品

 ランの病気は、現在薬品での対処ができないウイルス感染を除けば、細菌やカビ類、害虫、移植時の傷害、肥料過多や塩害、葉やけなどがあげられます。細菌やカビ病は主に温度、湿度、通風のそれぞれのバランスに、塩害は植え込み材、肥料、潅水方法に、また葉やけは照射輝度にそれぞれに起因します。ランの多くはは高温・多湿を好のむため病気の発生率が高く、対策として定期的な薬剤散布や、特に通風は必須となり、室内や温室では扇風機などで肌に弱く感じる程度の風を24時間休みなく送る必要があります。過剰な潅水を避け、適度な通風を行えば発病を低く抑えることができます。一方、ランの置かれる場所は高温環境であるため、春から夏にかけて侵入した害虫は、四季に関らず繁殖します。温室やサンルーム等は1年を通して定期的な病害虫防除処理が必要です。ランが罹る主な病害虫を表1に示します。表の薬品は一部のみの表示であり、適用薬品は表以外にも多数市販されています。
表1 病虫害と薬品
病種
病名
初期症状
薬品
備考
細菌
褐斑細菌病 水侵状淡褐色斑点 抗生物質殺菌剤(ストレプトマイシン剤など) 褐色腐敗病。最も多発する病気
軟腐病 水侵状淡褐色斑点 抗生物質殺菌剤(ストレプトマイシン剤など) 葉裏からの発生頻度高い。最も厄介な病気
菌類
疫病 根、茎基部が黒褐色 有機硫黄/塩素系殺菌剤(マンネブ剤、キャプタン剤、リドミル)など  
炭そ病 黒褐色、褐灰色班
葉周縁の褐色化
ベンゾイミダゾール系(トップジンジンM,ベルクート)、トリフミンなど  
フザリウム菌 葉、茎基部の赤紫変
早期黄変落葉
EBI剤(トリフミン)、ロブラールなど 最近多いとされる病気
灰色カビ病 花弁に水侵状斑点 有機硫黄/塩素系殺菌剤(マンネブ剤、キャプタン剤)など 低温・多湿で頻度高い
リゾクトニア 新葉の委縮 ベンゾイミダゾール系(トップジンジンM,ベルクート)、バリダシンなど  
害虫
ハダニ 葉に白色斑点 殺ダニ剤(オサダン、ダニカット、コロマイト)など  
コナダニ 蕾の黄変 有機リン系(オルトラン)など  
カイガラムシ 葉表面の斑点・斑紋 有機リン系(アクテリック)など  
ゾウムシ類 食害痕 アセタミプリド、アセフェート剤など  
アザミウマ・スリップ 食害痕 合成ピレスロイド剤(テルスター)など  
ナメクジ・カタツムリ類 食害痕 メタアルデヒド剤(マイキラー)など  
ウイルス病
CyMVなど 不整形病班
なし
隔離/廃棄
その他
塩害 成長不良
なし
コンポスト・鉢の変更・交換
葉焼け 黒班
なし
遮光


 病虫による被害が及んでからの対処はランの美観を損ねます。これを防ぐためには定期的な薬剤散布となりますが、少なくとも初春、梅雨期、初秋のランの成長が活発となる時期には1-2回/月行います。しかし複数の株にカビや細菌あるいはダニ等の被害が見られた場合は、こうした季節の変わり目を問わず、該当する農薬を2週間の間を空けて2回散布します。その際、細菌病に対する抗生物質およびダニ剤は耐性菌の発生を防ぐため同一薬剤の連用は避け、2種類以上の作用性(有効成分)の異なる薬剤を用いることが有効です。

 ラン原種の病害のなかで頻度が高く厄介な病気は褐斑細菌病で、数ミリの淡褐色‐黒褐色の滲んだ斑点が出てから徐々に水浸状に広がり、数日で葉全体が溶けるように腐敗していきます。高温多湿となる梅雨時期にもっとも発生しやすくなります。パフィオによく見られる糸状菌の褐斑病と異なり、この病気は細菌性で、ダコニールやベルクート等の糸状菌の薬剤では効果がありません。症状を確認した場合は、直ちに部位をその周辺を含め切り取ります。

  病気の部位をそのままに薬剤を塗る対処法を聞きますが、これまで部位を残して進行が止まった経験がありません。いずれにしても薬剤は病状を押えるか、予防効果のみで、進行が止まっても病痕が元に戻ることはない以上、部位を残しても意味がありません。切り取った後の切り口には薬剤を塗ります。
  それぞれの病傷のなかでも植物が被害を受ける部位によって進行を止められる場合と、致命的な場合があります。葉先や葉の中央部に5mm以上の病班が出た場合は、その部位から十分離れた基部側あるいは周辺を切断します。緑葉を少しでも残したい心情から、患部ぎりぎりの所で切り取りたいですが、これでは完全な菌の除去とはならず再発の危険性を残します。葉を表から強い光を当て、葉裏から透かして見ると、Fig.1-1の画像のように予想以上に病班の滲みの広がりが大きいことが分かります。思い切った切除が大切です。切断した箇所には、後述の殺菌剤を塗布します。

Fig. 1-1 病気の広がり

 間違い易いのは胡蝶蘭Aphyllae亜属(P. braceana, wilsonii, minusなど)や、 Parishianae亜属(lobbii, gibbosaなど)では、晩秋から冬季に向かってすべての葉が落葉することがあり、これを病気で枯れてしまったと思い棄ててしまうことです。デンドロビウムでは多くの種が、疑似バルブ(茎)が十分伸長した後に落葉します。こうした様態は属それぞれで異なるものの、落葉したままの状態が長く続く場合は、植込み材から取り出して根を調べ、硬い生きた根があれば春には新芽あるいは茎の節から花芽が現れ、病気ではありません。

  植物は病気を止めることはできますが、治癒(病痕の再生)はできないため、予防が第一であり、定期的に複数の薬剤をローテーション(耐性菌の発生を防ぐため)して散布することが必要です。冬は薬剤散布を必要としないと書かれた入門書がありますが、温室やサンルームの中は常に高温・高湿であり、病原菌や害虫は休眠することはなく真冬でも薬剤散布は必要です。季節の違いは散布の頻度が1/2(1-2ヶ月に1回)程度となることだけです。またこの際、予防と治療薬とを認識して散布する必要があると言われます。大半の薬は予防と治療の両効果を持っていますが、治療効果の少ないものがあり、病気がすでに発生している場合は治療薬を使用しなければなりません。このページでは経験事例を基にその対応方法を取上げており、詳細な病気の判断や予防については、病害虫防除の専門書を1冊は手元に置かれることをお薦めします。


カビ・細菌病

 カビや細菌によるランへのダメージは、栽培において頻繁に発生します。糸状菌(カビ)や細菌(バクテリア)による代表的は病気は、前者が黒褐色の斑点病や炭そ病で、後者が褐斑細菌病です。写真Fig.2-1は糸状菌による炭そ病のそれぞれです。またFig2-2は水浸状(軟腐)細菌病です。発病した場合は、その対処法(薬品)が異なるため、被病の様態からバクテリアかカビによるものかの判断が重要です。この判断ミスは病状を進行させ手遅れともなります。斑点病や炭そ病はランの最も発生頻度の高い病気でカビ菌によるものです。症状の進行は細菌性に比べて遅いものの、美観を著しく損なうため早期の対応が必要となります。対処法はまず部位を切り取り削除し、再発を防ぐためダコニール、ベルクートなどのいずれかの原液を少量の水で溶き、これを切り取った切断面に塗布します。あるいは切断面からの細菌による感染を防ぐため、ナレートなど抗細菌性の薬品との混合剤を塗布することも有効です。
 
Fig.2-1 炭そ病

 一方、 Fig.2-2は細菌性の軟腐病や腐敗病を示すもので、特に高温多湿な栽培環境で多発し、進行が速く最も厄介な病気です。淡褐色の4-5mmの小さな斑点から2-3日でFig.2-2の中央写真に見られるように水浸状の病斑が広がり、3-4日で左写真のように葉全体に及び、やがて茎まで到達します。このような進行が頂芽で生じ発芽点に達した場合は、たとえ薬品で病気の進行を止められても新しい芽が出る可能性はなくなり、わき芽を期待するしかありません。また頂芽以外の葉でも葉元が冒され茎の一部まで病状が現れている場合も回復は困難です。

Fig.2-2 細菌性病斑


 こうした被病した部位は直ちに切り取ります。 水侵状の斑点やシミは細菌性と見なし部位の周辺を含めて切除し、抗細菌性薬剤であるストマイ、スターナあるいはナレートなどと共に、症状の多くは細菌とカビ病が共存しているためカビ系薬品であるベルクートなどと僅かな水を加えて溶いた高濃度の混合液を切除した断面に 塗布します。原液はあくまで病班部にのみ塗布するのであって、定期的な予防処置には規定希釈の散布でなければなりません。病班部になぜ規定希釈ではなく、ほぼ原液に近い薬を塗布するかは明確なデータはありません。薬品の説明に「予防には有効であるが治癒にはあまり効果がない」とか「耐性ができている」などの記載あるいは病種によって散布する濃度がかなり異なる表示もあり、濃度を高めればよいのではないかという精神的なものであるかも知れません。いずれにしても株の一部の塗布程度では枯れることがないために行っているというのが実状です。一方、黒点など糸状菌による症状では部位のみを取り除き、切断面にダコニールあるいはベルクートなどを塗布します。ダコニールと抗細菌薬ストマイなどと混合して使用する場合は、ダコニールを水で溶いた後にストマイを混ぜることが必要で、その逆ではダコニールが凝固してしまいます。

 栽培では抗細菌剤であるストマイ、スターナ、マイコシールドあるいはナレートのいずれかと、カビ系薬剤ダコニールあるいはベルクート(症状の多くは細菌とカビ病が共存のため)と混合した原液を小さなカップに入れて持ち歩き、小さな斑点が見つかれば筆でその箇所の葉の表裏にこれを塗ります。1週間後にもう一度塗布しますが、早期発見1 -2mm程度であればこれで病気を押さえることができます。すでに水浸状態が広がった場合は前記のように部位を切断し、その切断面に塗布します。

 一方、この頂芽や茎が侵される原因はバクテリア(細菌性)やカビ(疫病)だけでなく、幼虫の食害によるこれらの誘引も考えられます。頂芽に水浸状の滲みがあれば前記の対応、また水浸状の滲みがなく黒く腐敗状態の病斑の場合は疫病の可能性が高く、リドミルあるいはベルクートを用います。頂芽が落ちたものの、これらの処理で病気の進行が止まった場合は、わき芽が出て、これが成長するのを待ちます。それらが新しく開花可能な株になるまでには2−3年程度を必要とし、その間は花を期待することはできません。また近年、交配種に葉元が赤みを帯びて落葉するフザリウム感染と思われる株がしばしば見られたそうです。古い葉ではなく若い葉が黄変するのもこの病気の可能性が高いと言われます。この病気は原種では殆んどみられません。ネット上の初心者向け栽培相談ページで、病気についてのQ&Aがあり、その質問の中で明らかにフザリウムと思われる症状が多数ありました。

 Fig2-3は実例を示した画像です。小さなカップに粉末の抗細菌剤(左端写真)と抗カビ剤(中央)を混ぜ、文房具店で売られている普通の絵具用の筆でペースト状に練ったものです。最近では、数滴のストマイ液剤(治癒)、ナレート(予防)粉剤およびベルクート(傷口保護)乳剤の3種混合剤を2-3㏄程度の僅かな水で溶き、これを切断面に塗布しており、この処理で切断面からこれまで病気が再発したことはありません。

Fig. 2-3 病斑部と処理

スターナ粉末をカップに入れる

ベルクート水和薬を加える

絵具筆で混ぜ合わせる

P. viridis水浸状(細菌性褐斑病)患部

Paph. rothschildianumの葉先枯れ病

P. violacea炭そ病

P. viridis患部処理

Paph. rothschildianum患部処理

P. violacea患部処理

  海外からの入荷株の経験で、入荷後2週間程度で茎の基部や葉元が黒変し、やがて頂芽の付け根部分が腐敗して葉が葉元から抜ける病気がP. equestrisPhal. amabilis系に多発したことがあります。写真2-4にこの症状を示します。写真右端に示すように抜け落ちた段階でも葉の大半が緑色であるため、ミズゴケなどで株を根元まで植えつけている場合は根元の黒変が分からず、葉が黄変した時は手おくれとなる症状です。抜けた頂芽の基部が数mmから1cm程度黒く腐っており、また根元も黒変しています。軟腐病のような匂いはありません。疫病の1種と思われます。下写真の症状は規定希釈のリドミルに10分ほど浸け、その後高濃度のベルクートを筆で根元に塗りました。ダコニールやトップジンMに対しては耐菌性があるか、適用範囲外なのか効果が見られませんでした。すでに発病している多くの場合は、部位のみに対し高濃度な希釈処理となっていますが茎の芯が腐敗していない限り(1本でも根冠が緑色の根がある場合)、これで病気の進行が止まることを確認しており薬害の印象もありません。1週間程度過ぎた後にもう一度同じ処理を行い、後は様子を見て進行が止まっているようであれば規定希釈の定期的な薬剤散布に切り替えます。

Fig. 2-4 茎の真や根本が黒変する病気

  フラスコ出し苗は、タチガレエースとバリダシンあるいはトリフミンとストレプトマイシン系の2種を規定希釈で混合し、これに株全身を10分程浸した後、植え付けを行いますが、数週間から1-2か月育成後に発生する病気は大別して2種類あり、葉先から枯れ始める症状か、葉元が水浸状となり次々と葉が脱落する症状です。後者は1年程度経過後にも苗全体がこの症状に陥ることもあります。葉先が変色あるいは枯れる症状は、炭そ病の薬品(ベルクートを葉先に塗るなど)で対応できますが、後者の症状の多くは立ち枯れ病や疫病ではないかと思われます。水浸状であることから細菌性の病気と思い、ストレプトマイシンやスターナのような細菌に対応する薬品を用いても、抑えることができないので深刻です。またベンレートやトップジンMも効果に疑問をもっています。これまでの経験では、フラスコ出し時の薬品(タチガレエースとバリダシン)を再度コンポストを含めた全体に注入する(葉に散布するだけでなく、植え込み材全体に注ぐ)ことで進行が止まっており、立ち枯れ病の可能性が高く感じられます。

害虫

ハダニ
 ランにとって最も多い虫による被害はハダニです。特にセロジネやシンビジウムの葉裏にしばしば見られます。室外の最低温度が15℃を超え屋外栽培をする場合、主に周辺の木々等から風で落下したダニがランに移動・寄生することが知られています。室内に戻した後、一気に葉裏で繁殖し吸汁します。この被害に遭うと葉の表面の葉緑素が退色し,葉表は薄い黄緑色となります。葉裏は写真3-1左に示すように葉肉が凹み褐色化し、やがて斑模様となります。ダニ被害はまず葉裏から始まるため葉の表面に病状が現れるまでに時間差があり気付くのが遅れがちで、すでにこの段階では周辺の株にも移動していると考えて、防除としては変色した株だけでなく周辺全体に前記表1の殺ダニ剤を散布します。 室外栽培を行わない場合でもダニの被害は発生します。作業する際の衣服に付着していたもの、あるいは蟻や昆虫等による侵入経路が考えられます。

Fig. 3-1. ハダニ被害による葉の症状1
 
 一方、過去に写真3-2に示すように葉の一部が黒変して欠落する病状が観測されました。後述のマイマイの被害と似ていますが写真3-1とは症状が異なり、軟腐病のような滲みがなく、炭そ病のように見えることからダコニールやベルクートで対処したのですが拡散を防ぐことができません。葉裏の病部には微小な白点が僅かに見られます。この白点を拡大が右の映像で糸(綿)状の塊となっています。20倍以上の拡大鏡で白点部を観察するとダニと共に長楕円形の卵らしきものが綿の中に含まれていました。この被害もダニによる傷に、カビが発生していたものと思われます。

Fig. 3-2 ハダニ被害による葉の症状2

葉表

葉裏

黒変部拡大

  殺ダニ剤は成虫のみで卵には有効でない製品もあり、この場合、凡そ10日後には再度散布する必要があります。この被害も葉の表面に現れるようになれば葉を切断せざるを得なくなり美観を著しく損ねます。また殺ダニ剤は同一種を続けて使用することは出来ません。耐性が出来るそうです。よって2-3種程用意し、発生が確認された場合はこれらを交代しながら2週間間隔で2-3回散布することが必要です。

ナメクジ・マイマイ
 ベランダや室内栽培ではほとんど発生しないのですが、庭や土床の温室での栽培ではナメクジやマイマイによる食害は最も頻度が高い被害の一つです。ナメクジは主に新芽、根冠や花を、マイマイは新芽を食害します。食害だけであれば株自体が枯れることはありませんが深刻な問題は、これら害虫は軟腐病など細菌性の病気を持ち込むことです。頂芽にこの病気が発生すれば単茎性のランは高い確率で枯死します。

 Fig3-3はマイマイによる被害です。写真に示すように、複数の小さな黒い点が離散的に現れ、その周りが水浸状に滲んでいます。この水浸状部分は細菌性の病気に感染したことを示しています。このまま放置するとそれぞれの水浸状範囲が広がり、やがて腐敗していきます。一般的なカビや細菌性の病気と違う点は、初期段階において写真のような複数の離散的な斑点様態があることで、カビや細菌による症状では黒点が離散的に同時多発することはありません。マイマイは鉢内で繁殖するため大量発生すると極めて厄介です。この場合は、葉、鉢、ベンチ全体にかかる液体散布以外対処方法はありません。

Fig. 3-3 マイマイによる被害

 Fig. 3-4はナメクジによる被害で、左は葉、中央は花、右は根冠がそれぞれ食害されています。

Fig. 3-4 ナメクジによる被害

 Fig.3-3が示すような水浸状の症状が現れている場合は、水浸状の滲みの無い葉元近くで切り落とすことが必要で、細菌性の薬の塗布(原液であっても)では進行を止めることは難しいと思います。葉を切り落とすことで株としての見た目は悪くなりますが、葉は伸長しますし、新しい葉もやがて現れるため切り落としが最善です。 一例としてこうした害虫に対してはマイキラーを使用します。この薬剤は一般販売品ではなく購入時には本人確認が求められます。誘って除去するのではなく、触れるだけで防虫効果がある薬品がナメクジ類には有効です。

ゾウムシ等の小昆虫
  2013年秋、フィリピンから入荷した株の頂芽の生え際付近が黒変化し、頂芽がスッポリと抜け落ちる症状が多発しました。単茎性のランにとって頂芽のダメージは致命的です。主茎先端を食害する3-4㎜ほどの幼虫によるものでした。被害のあった株からこの虫をピンセットでツマミだしマクロレンズで撮影した写真がFig. 3-5です。この幼虫はオオランヒメゾウムシと思われます。 写真はPhal. bellinaで左が主茎の頂芽の部分で、葉を取り外した画像です。写真からは芯が黒変しているものの根全体はダメージを受けておらず新根もあり、この点が疫病とは異なります。芯の黒くなった部分は幼虫のフンも混じっていると思います。また中央写真は葉元が食害されて欠損し、その周りが黒く変色しており、中央左の葉基部に孵化幼虫の侵入跡のような傷穴があります。

Fig. 3-5 幼虫による頂芽の被害

 大石、上地、他、九病虫研会報53, pp:111-113 (2007)”沖縄県のラン園場に発生したオオランヒメゾウムシ”によると、この害虫は東南アジアに広く分布しており、国内では1996年東京、1978年千葉県、1990年愛知県、1992年大分県で採取され、海外においてはシンガポール、フィリピン、タイ、インドネシアなどで記録されているそうです。被害は主に新芽と茎でVandaは根も含まれます。Fig.3-6下段は本サイトで捕獲したオオランヒメゾウムシで、上段はそれぞれ左からDen. linealeRhyncostylis rieferiiPaph. sanderianumです。この被害は極めて深刻で、頂芽が写真上段のような病痕となれば商品としての価値がなくなり、新しい新芽を待たなければならなくなります。一つの救いはナメクジと異なり齧られた後からは、これまで細菌性の病気が発生しておらず、いわゆる’傷’状態であることです。軟腐病のような細菌性の病気をしばしば伝染するナメクジ類とはこの点が異なります。

 前記会報には成虫に対する殺虫効果としてアセフェート水和剤と合成ピレスロイド系殺虫剤が確認されているとのことで、ピレスロイド系であるアディオンと、アセフェート成分をもつオルトラン乳剤250倍希釈を混合した散布が有効と思われますが、それでも3ヶ月程経過すると再び成虫被害が観測されます。これらはバルブや芯の中の蛹や室外から新たに入ってきた可能性も考えられます。その後、この虫がピレスロイドに対する耐性の可能性を考慮し、ネオニコチノイド系ダントツ水溶剤を加え、それぞれ規定希釈の3種混合を2週間間隔の2回の散布で被害が無くなり現在まで続いています。

Fig. 3-6 オオランヒメゾウムシによる被害

 細菌やカビによる病気とは異なり害虫の被害は、早期駆除ができれば茎の芯深くまで失われていることが少ないため病後処理として細菌とカビに有効な殺菌剤を散布して、そのまま栽培を続ければ、脇芽による再生の可能性があります。写真3-6は頂芽を無くした株の再生を示し、上段左が被害時、右が2か月半後、さらに下段左がその5か月後で、右は通常の栽培角度からの撮影です。

Fig. 3-6 頂芽被害株の再生

カイガラムシ
 カイガラムシも室外栽培でしばしば見られる害虫です。カトレアやパフィオほどではありませんが、他属にも時折被害を及ぼします。対処法は一般的なマニアル通りですが、単茎性のランの場合、頂芽が被害に遭うと再生が難しくなるため室外栽培をした株は頂芽の葉元をよく観察する必要があります。

その他
 被害を与えるか不明ですが、子バエが異常発生したことがあります。1mmほどのウジ虫がバスケットのミズゴケ、ミックスコンポストさらにはヘゴ板内部に生息し、当初は蝿採りテープを何本も吊るして成虫を捕っていましたが、この方法では全てが居なくなることはありません。ネットで調べたところ、アースノーマットが防虫効果があるとの記事があり1日24時間2‐3日試してみたところ、効果はてき面で一気に減少。冬の間も含め数か月続けたところ壊滅することができました。消臭ノーマットでしたが気化した薬のランへの影響は胡蝶蘭、バルボフィラム、パフィオ、カトレア、バンダいずれにもありません。蚊もいなくなるので一石二鳥で5年以上毎日24時間続けています。

生理傷害

 ランの中にはしばしば、植付けしてから1-2年もすると古い葉が順次落ち、徐々に小さくなるばかりの株も出ます。また根がでるものの、すぐに根冠が縮れたり褐変し、一向に長く伸びないこともあります。その原因の多くは環境(温度、湿度、輝度、通風、かん水など)が適切ではないことによりますが、他の種は問題ないものの、種あるいはグループ単位で成長が良くない場合は、不適正なコンポストや施肥などによる生理的な原因が考えられます。一方、同一種で、1-2株だけが成長不良の場合は先天的に弱体あるいはウイルス感染の可能性があります。この現象は実生苗にしばしば見られます。いずれの場合もそのままではやがて枯死に至るか、いつまでたっても開花しない状態が続きます。

 対応としては、とりあえずコンポストを変更します(コンポストのみを新しくするのではなく、ミズゴケからヘゴチップやバークへあるいはミックスコンポストからコルクやヘゴ板へなど基材を変えることも有効)。この際、これまでの植付けから株を取り出すことで根が傷つくことがあり、規定希釈のタチガレエースとバリダシン混合液をスプレーしてから新しい素材に植えつけます。かなりの数のランがこのような変更によって植替えによる障害がなくなりました。一方、購入して植え付けた後、元気が良く新しい葉を出していた株が1-2年後に新芽を出さなくなるか、やがて古い葉が元気がなくなり皺ができるようになる場合は、コンポストの酸化や施肥の繰り返しによるコンポストに蓄積された塩障害の可能性もあり、この場合は多くの根が干からびたり黒ずんでいます。根が大きなダメージを受けている場合は季節を問わず直ちに鉢から出し、根を整理して新しいコンポストに入れ替えます。また植え込み材がバーク類の場合、経年変化で崩れやがて粘土質に変わり、鉢内の気相分を減少していることもしばしば観察されます。コンポスト交換が早ければ早いほど回復が早くなります。コンポストの交換は2年以内が適切です。これまでしばしば株が大きくなると’鉢増し’という植え替えのポットを一回り大きくし、その際古い植込み材をそのままに、新しい植込み材を追加する(土増し)栽培が行われてきました。ランにおいてはこうした処理は避けるべきで、古い植え込み材は全て取り除き、新しいものに入れ替えなければなりません。

ウイルス

 細菌やカビ病は症状がよほど進行していないか、頂芽の付け根が被病していない限り、薬品で対処できますが、ウイルスは一度感染すると治療はできないとされる伝染病であり、それだけに栽培者にとっての脅威となります。趣味家にとってのウイルス被災の原因は、まずウイルスに罹った株を外部から入手したことがきっかけとなります。その後、栽培を通して他の株に伝染し広がっていきます。厄介なことにウイルスはアブラムシ、ダニあるいはアザミウマという一般的な害虫によっても伝搬されると云われ、また植替えや日常の手入れの際に用いる器具や手、あるいは潅水の際のコンポストを通して飛散・落下した水からも伝染します。このためまず前記害虫防除は重要で、これら害虫の繁殖期には月2回程の薬剤散布は欠かせませんし、また栽培器具類は、株ごとに火炎殺菌あるいはウイルス消毒剤(第三リン酸ナトリウム)などに規定時間浸すことが必須となります。一方、水道水でかん水をしている場合、冬期は水温が下がることから水槽に一旦溜め、温度が温室に近くになった後に散水することも考えられます。水槽を用いる以上、この方法にも感染リスクが高まります。

 深刻な問題は、細菌やカビ病のように、はっきりと被病していることが目視で分かれば、直ちにその株を隔離あるいは廃棄でき拡散を防ぐこともできますが、このウイルスには通常3ヶ月と云われる潜伏期間があり、ウイルスに感染していても暫くは明確な症状が現れず、半年1年以上栽培し開花により花の異常や、あるいは葉の斑点など変化が現れて初めて気付くことが多く、その時点ではすでに周辺の株に伝染していることもしばしばです。またウイルス濃度が低いと思われますが、株がよく成長し新芽も多く花に異常も見られない、観賞としては何ら問題がない株にもウイルスに感染している場合があります。さらに原因は不明ですが、感染株の下に長い間置かれ、毎日のかん水毎にその株からの水を被っていた中にも、感染された株と、されない株も見られます。いずれにしても、この被害を最小限に抑えるには前述の防虫や移植時の器具類の取扱いなど日常的に行うことが基本であり、入荷時あるいは入荷3ヶ月後にウイルステストキットを用いた診断も有効です。相当数の鉢を所有する趣味家であればウイルスに関する知識を書籍からでも得ておくことも必要です。

 ランのウイルス病は、緑色の葉の所々が退緑色となり、これがモザイク状あるいはリング状の斑紋となって現れたり、退緑色の部分の葉肉が凹んだりしている場合はウイルス病の可能性が高く、隔離あるいは廃棄する必要があります。難しいのは緑色と退緑色がまだらに分布していても、単なる生理障害や一般的な落葉前の衰弱した症状(皺)であったり、葉に付いたコケを拭き取った後の、葉の色合の濃淡模様もしばしば見られます。さらにたウイルスによる壊疽(えそ)と褐斑病の症状の区別が目視だけでは困難な場合もあります。壊疽(葉肉の一部が退緑色、茶褐色、あるいは黒変して凹んでいる)症状はないものの、葉色がまだらになっている場合には、その株は一旦隔離し、しばらく症状を見ることが必要となります。

Fig.4-1 ウイルス病と思われるえそ斑紋(P. amabilis

Fig.4-2 ウイルス病と思われるモザイク斑紋(P. amabilis)

 また疑わしき株は廃棄する前にウイルスキットで診断することも有効です。現在1検体のテストあたり1,000円の試薬代がかかります。目視では感染が疑わしい様態であるにもかかわらず、テストでウイルスが検出(CyMVやORSV)されなかったとしても、検出能力は株の感染濃度に依存するとのことで、感染していないとは云えません。またしばしばテストキットでは陽性マークが不明瞭で、判断が困難な場合があり、擬陽性の可能性も考えられます。テストキットによる検査では、検体量は5mm角とされていますが、この量の僅かな違いによっても判定に影響があるとされます。こうした判定が困難な株は、暫く隔離し数か月後に再度テストをすることが有効と思います。これまでの知見からは、ウイルス検疫をして出荷している東南アジアのラン園はタイを含め皆無であり、また水際対策として入荷時に国内でテストをするには、1検体当たりのコストが1,000円では、ロット当たりであれば兎も角、個々の検査は不可能です。被病した株の取扱いはそれぞれぞれですが、感染株と分かった時点でその株を廃棄し、それ以外の株については前記した日常の栽培管理を守り、感染の拡大を防ぐ、いわゆるインフルエンザやCOVID19ウイルスに云われるウイルスとの共存の時代になっていることが実態と思います。

防除法

 相当数の株を密集して栽培している場合、薬剤散布は5-10月の期間は月1-2回、11月‐4月は2ヶ月に1回(温室の場合)行います。殺菌殺虫剤は下記のそれぞれを組み合わせ(細菌、糸状菌、殺虫剤のそれぞれから1種づつを選び、混合します)、薬品は2回以上の散布時点で別の薬品にローテション(同一薬剤を繰り返し使用しない)を行うことが耐性菌を防ぐ意味で好ましく、規定希釈の散布をします。特に夏季に室外に出して栽培していた場合は室内への取り込み前に防虫用薬剤散布は必須となります。

 また散布は薬害を避けるため、気温が下がる夕方に行います。薬剤には予防と治療あるいはその両方に有効なものがあります。治療専用は抗生物質系を除いてほとんどなく、大半の薬剤は予防と治療を兼ねていますが、予防薬で病班部の塗布を行っても治療効果は期待できませんので注意が必要です。これらの使い分けは商品ラベルの記載事項をチェックし判断します。

1.殺菌剤

 細菌性(バクテリア)殺菌剤: ストレプトマイシン系、アグリマイシン、マイコシールド、スターナ、ナレートなど
 糸状菌(カビ)殺菌剤: ロブラール、ダコニール、トリフミン、ベルクート、ストロビーなど
 疫病: ベルクート、リドミル

2.殺虫剤

 一般用: オルトラン、テルスターなど
 殺ダニ剤: オサダン、ニッソラン、コロマイトなど
 ゾウムシ類: アディオン、オルトラン、ダントツ水溶剤

3.温室内消毒

 ピューラックス(適度に希釈して年2-3回)を換気ができる日を選んで散布。植物には撒けません。1日後には水でピューラックスを洗い流す。

4.フラスコ出し苗

 タチガレエースとバリダシンあるいはトリフミンとストレプトマイシン系の混合液

 ランを適用植物とした薬剤はほとんどありませんが、上記薬剤の規程希釈での使用に関しては、株の大小にかかわりなく、薬害を受けた経験はありません。一度、誤ってビスダイセンを数倍の濃度で、フラスコから出したばかりのC. trianeiに散布したことがありましたが、このときは新葉の一部が白く変色し、その後の成長に影響を与えました。
またカビ系と細菌系の薬剤を混合する場合、カビ系薬剤を先に水に溶解し、その後に細菌系を溶かす必要があります。ダコニール剤の場合、後にすると凝固し溶解しなくなります。一方、ストレプトマイシン系の薬品を多用すると耐性菌や花の奇形が生じることがあると云われています。

 フラスコ苗出しの際の薬剤散布については、フラスコ毎に規程希釈のタチガレエースとバリダシン(あるいはマイシン系とトリフミン)を混ぜたものに苗を10分間程まとめて漬けます。苗出し後の最重要課題は通風(そよ風)に注意を払うことです。別の言い方をすれば、薬剤処理や通風の環境を設けることが無理な場合、フラスコ苗(フラスコ内に植え付けられた苗))を購入すべきではありません。葉元が水浸状となる細菌性あるいは葉先枯れの病気で全滅すること必定です。苗は細菌性の病気の危険性は常にあり、フラスコ出しから6ヶ月程度経過し、葉が固くなるまでは慎重な管理が必要です。

植え替え時の病害防除

 植え替え時にはかなり多くの根を傷つけたり、切断することがあります。この結果高い頻度ではないものの株が相当弱ったり、作落ちがしばしば起こります。この対応としては規程希釈のタチガレエースとバリダシン混合液を株毎にスプレー散布します。フラスコ苗の取り出し時とは異なり、一度ポット等に植え付けられた株を複数纏めて同時含浸することは、ウイルス感染防止のため行いません。1時間程、自然乾燥させた後に植え付けを行います。

再発対処法

 被病した部位を切除し、薬剤を塗布しても数日後に再度病気が切除周辺から再発することが、特に細菌性の病気(水浸状の症状)にしばしば見られます。また一度被病してしまった株は別の葉にも同じく再発する頻度が高くなることもあります。切除範囲が不十分であったか、薬剤選択が適切でなかったかなどの原因が考えられますが、再発も早期発見であれば良いのですが二度三度と続くと株全体に菌が回ってしまったかのようで再生は絶望的となります。これを防ぐには1-2週間後に再度切除箇所に同じ薬剤を重ね塗りをすることが予防・治療薬に関わらず有効です。原液に近い薬剤を一回患部に塗り、後は成り行き任せの対処法では安心できません。温室等において病気の発生頻度が高くなった場合も1-2週間間隔で複数回の散布(3回まで)が顕著に効果が現れます。可能であれば2回目は異なる薬剤が良いかも知れません。

 終わりに、薬剤に人体が直接触れることは当然危険です。アツモリソウの市販栽培書のなかに、植え替えで古い黒くなった根を切り捨てる際、切り口にベンレートの粉を指で直接塗っている写真解説を見たことがあります。本サイトでも一度それを行い、手がひどい発疹状態になったことがあります。散布時はレインコートなどを着用し、ゴムやビニールの手袋とマスクをし、散布後にはうがいやシャワーを浴びることは必須です。燻蒸タイプの薬剤(散布後の匂いが強いもの)を散布した場合は、しばらくは温室やサンルームなどには入ることを避けるべきです。アレルギー体質の人もいることから、間違えば病院へということにもなりかねません。また屋内では薬品散布はできません。本サイトでは農薬散布用マスクとレインコート、長靴などを身に着け、それなりに気を配って散布している今日でも、散布後は喉がいがらっぽくなることがしばしばあります。